第5話

 「あなた」 

翌朝。妻がまた私を呼んだ。私は嫌な予感に苛立ちながらドカドカと玄関口へ出てみた。

妻の視線は足元を向いていた。だが、その付近にはなにも見当たらなかった。改めて妻を見ると、妻は朗らかな顔をしていた。

「落ちてないわ」

「それはよかったね」

妻は本当にうれしそうに笑っていた。だが、妻の目はけっして頭上の燕の巣には向かないのだった。一方、私は巣を確認しないではいられなかった。燕の子たちが親鳥に向かって一斉に口を開ける中に、落ちていた燕の子が交じっていてくれる奇跡を、私は確認したかった。だが、口を開けて鳴いている燕の子たちはみな一様に大きく、一様に元気だった。

 『見ないで信じるものは幸いである』という聖書の言葉が浮かんできた。結局、あの燕の子は死んでしまうのだろうと私は思っていた。できれば、その骸が我々の眼に触れないところでの死を、私はもうひとつの奇跡として望んでいた。

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