第3話

 その日の午後。仕事の途中で妻から電話が入った。

「また、落ちているの。だから箱にタオルを敷いて――」

「情が移ることはしないほうがいい。その燕の子は、多分もう駄目だ」

私は妻の話を遮って、早口でそう言った。そして直ぐに、しまった! と思った。これまでに幾度となく、妻との関係をこじらせてきた私の悪癖が出てしまった。電話越しに、妻の体が硬直していくのを感じた。

「じゃあどうすればいいの?」

「分かった。帰ったら巣に戻そう。ともかく帰ってからだ」

 私は、妻の返事を待たずに電話を切った。会話の順番を完全に間違えた。そして、こういう間違いは必ず後に尾を引くと分かっていた私は、早くも気が重かった。さらに、この気の重さには別の要因も絡んでおり、それもまたひじょうにやるせなかった。

 妻は一心に燕の子を案じ、巣に戻したいと願っている。だが、そうすることでこの先、あの燕の子は、死ぬまで巣からの転落を繰り返すことになるだろう。もちろん、巣に戻さなければ確実に餓死する。だが、巣に戻したからといって、元気な兄弟姉妹達との餌の争奪戦に加われるとは思えない。かといって、その燕の子を一思いに殺してしまうことなど私にできるはずもなかった。

 それでも私は、帰宅したら躊躇せず、燕の子を巣に戻すだろう。燕の子のためでも、妻のためにでもなく、妻との円満な関係を取り戻すだけのために、私は燕の子を生贄にするのだ。

 私は、帰宅するまでの間ずっと、私が帰りつくまでに燕の子が死んでしまってはくれないか、と願っていた。

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