第892話 「学校健診」に思うことあれこれ

最近、「学校健診」にかかわる報道がいくつかされている。一つは、「上半身『裸』での健診は必要か」というもの、もう一つは、群馬県みなかみ町で、学校健診の際に複数の児童が、健診の際に「下着の中を覗かれた」という問題である。


前者については難しいところがある。報道に対しての、ネットでのコメント欄を見ると、


「『聴診』なんかいらないだろう」


という意見が多かったが、私は「聴診は必要」だと考えている。


10年間、診療所で子供も診察してきたので感じることだが、思わぬところで思わぬものが見つかることはそれほど珍しいことではない。子供の心雑音で最も多いのは、「無害」な「機能性雑音」だが、「機能性雑音だと思うけど、一応」ということで高次病院の小児科に紹介状を書いたら、返信で思わぬ心奇形が見つかったこともある。


予防注射で来た子供さんで、問診票も本人の様子も元気いっぱいだったが、聴診したら、呼気時のwheeze(ヒューッ、という音)が全肺野で聞かれ、慌ててパルスオキシメーターで測定するとSpO2 93%、喘息発作だった、ということも経験している(大人も子供も、ぜんそくなど呼吸器疾患の急性増悪を頻繁に繰り返していたり、あるいは継続して酸素化の悪い状態が続いていると、動脈血中酸素飽和度が低くても、本人はケロッとして元気なことはしばしばある)。


心エコーが行なえる現代の、心臓弁膜症などの診断能力を100とすると、心エコーなどがなく、「聴診」と「身体所見」で診断をつけていた時代の循環器内科医の診断能力が80、という文章を読んだことがある。それだけ、「聴診」の診断能力が高いのである(ただ、本当にそれくらいの聴診力のある人は、本当に少ないのだが)。なので私は「聴診」については、軽んずべからず、だと思っている。日々の診察でも、注意して聴診を行ない、異常があれば心エコーを受けてもらって、「弁膜症」を見つけてもらうことは珍しいことではない。「『胸部聴診』が役に立たない、意味がない」とは私は少しも思わない。学校健診に超音波検査の機器を持ち込んで、子供全員に心エコーをする、というのでなければ、聴診は必要だと思っている。


「上半身裸」については、極めて難しいものをはらんでいる。「虐待」の痕跡は、服を着た状態では分からないところについていることが多いので、「脱衣」で観察、ということに意味がないわけではない。その一方で、子供さんの羞恥心に配慮することも必要である。聴診については、本来は、聴診器と皮膚を接触させて行なうべきものであるが、私の日常診療でも、なかなかそこまでは踏み込めないのが実情である。時に成人女性で、上半身をすべて開放してくださる方がおられるが、その時は逆に当方が目のやり場に困る場合がないわけでもない。


ノースリーブのシャツの内側に、乳房をサポートするカップのついた、いわゆる「ブラトップ」を着用してこられる方も一般的で、そういった方が、上半身を開けてくださろうとすると、どうしても、ブラの部分が乳房の上の部分を覆ってしまい、その部分の聴診ができなくなってしまう。服を下ろした状態で、肌に聴診器を当てて聴診しようとすると、ブラ部分を支えているゴムのところで手首が挟まり、胸部聴診の際の手の自由度が著しく低下してしまう。そんなわけで、女性の胸部聴診では、「ブラトップ」着用の方ならその上から、Tシャツ+ブラの方なら、ブラはつけたままで、Tシャツの中に聴診器を入れさせてもらって聴診している。


女性で乳房の大きな方では、心臓の聴診で重要な「心尖部」が丁度左乳房の位置に当たるので、胸郭と乳房の境目辺りから、乳房を持ち上げるような形で聴診器を動かし、心尖部の聴診を行なっている。これは教科書的な聴診方法なのだが、女性から「この医者、聴診のどさくさに紛れて、胸を触っているのではないか?」と思われていないだろうかと少し不安になる。


脊柱側弯症の評価についても、立位での評価では評価項目の中に、着衣では判断できないものがあるので、これまた難しいところである。身体を前屈させる「前屈検査」については薄手のものであれば着衣での診断は可能だろうと思う。


虐待の評価目的で、背部の皮膚の視診は必ず行いたいものであるし、腹部、できれば前胸部も(ブラをしている人は着けたままでいいので)見ておきたい。虐待に関しては、後は上腕の内側部、大腿の内側部の視診は行なう必要があるだろうと思っている。聴診については、服を着たまま、聴診器を服の中に入れてもらう形で行なえばよいだろうと思う。


「下着の中を覗いた」ということについては、担当医師は「思春期早発症の評価のために行なった」ということであるが、これは明らかに不適切だと私も思う。


学校健診で「思春期早発症」をスクリーニングするのであれば、「成長曲線表」を用いるべきだと思う。乳児期は月齢で、幼児期以降は年齢で、身長の平均値、偏差の2倍の高身長、低身長のラインが書かれている表が「成長曲線表」として用いられている。学校健診であれば、それぞれの学年で年齢の範囲が定まっているので、あらかじめ、高身長のライン、低身長のラインは容易に用意できる。身体計測で、偏差の2倍を超える高身長があれば、思春期早発症、成長ホルモンの過剰分泌などの精査へ、偏差の2倍を超える低身長があれば、成長ホルモンの分泌不良などの精査へ、とすればよい。骨年齢については、手のレントゲン写真で、手根骨の骨化の度合いで評価するはずであり、「下着をずらして会陰部を視診する」ということは「診断基準」にもなっていなかったように記憶している。


私個人の「学校健診」の見解はこんな感じである。全員が上半身裸で1列で待っていなくてもいいが、本人に診察の必要性を伝えてから、服を挙げてもらうことは必要だと思われるし、本人が強く嫌がるようであれば、必要最低限でとどめることも必要かもしれない。また、不自然に強く嫌がる場合には「虐待」を考慮する必要もあろう。下着をずらして会陰部の診察、については全く不要で、その行為は明らかに学校健診としては「不適切」な行為だと言いたい。それを「必要」とする医学的根拠はない、ということを明らかにしておきたいと思う。

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