第884話 「ものの言い方」が原因じゃないのか?

ソースは毎日新聞 Yahooニュースから。


<以下引用>

奈良県西部の中核病院・県西和医療センター(三郷町)の心臓血管外科が、2023年3月末から心臓手術を停止している。これまで1人で年間40~50件の手術を担っていた50代の男性執刀医が医療事故を疑われて手術を止められたことをきっかけに、疑いが晴れた後も再開できていないという。


緊急手術の受け入れも停止し、10キロ以上も離れた別の病院に搬送する必要が生じている。管轄する県立病院機構(奈良市)の上田裕一理事長は「停止させる判断は適切だった。そもそも医師数の少ないセンターでは手術はするべきでない」と説明する。


西和地域で唯一の心臓血管外科である西和センターの同科には県立医科大から医師2人が派遣されており、心臓手術は専門医であるこの男性執刀医のみが担当していた。執刀医はほぼ毎日、院内に泊まり込み、患者の術後管理の診療も担うなど熱心さで知られていた。


だが23年3月、同年1~3月に執刀した80代の患者3人が相次いで亡くなったことで、医療事故を疑われた。同じ病院機構管轄の総合医療センター(奈良市)が機構に通報。機構の上田理事長が西和センターにすぐ手術を停止するよう指示した。


3件のうち2件は緊急手術で、いずれも成功率の低い難しい事案だった。機構の聞き取り調査で医療事故ではなかったと判明したが、機構が西和センターに「改革案」を示したところ執刀医が反発した。心臓血管外科医8人(当時)を擁し、年間で約2倍の手術件数がある総合医療センターから手術のたびに「医師の派遣を受けて指導を仰ぐ」という内容で、執刀医は「何も悪いことはしていないのに、監視されながらの手術はできない」と主張した。その後は医大が協力した2件を除いて手術を停止している。


執刀医は「必死にやってきた努力や実績を否定され、次は何を言われるのかと怖くなった。断らざるを得なかった緊急手術も多く、助けられた命があったのではないかと思うと本当につらい」と頭を抱える。「先生に執刀してほしい」と再開を待つ患者もいるというが、手術が止まっていることで院内では逆に医療事故を疑う声も出ている。


機構の上田理事長は取材に「医師が少ない医療機関では外から応援を招くなどして態勢を強化しないと安全性を保証できない。総合医療センターや大阪府側に受け皿はあり、県民への影響もないはずだ」と主張する。31年に予定している西和センターの移転後は、心臓血管外科を総合医療センターに集約させるべきと訴えた。


<引用ここまで>


管轄する県立病院機構の理事長の言葉、


「停止させる判断は適切だった。そもそも医師数の少ないセンターでは手術はするべきでない」


という言葉は正しいと思う。その一方で、この病院の常勤の心臓血管外科医のこれまでの努力も適切に評価する必要があると思われる。1年間にどれだけの手術件数を重ねていたのかは不明であるが、おそらく、この地域の中核病院として、循環器内科が冠動脈などの血管内治療を行なっているのであれば、バックアップとしての心臓血管外科があることはとても重要である。冠動脈造影を行なって、カテーテル治療ではなくバイパス術が必要と判断されれば、速やかに外科的介入が必要であり、また、予期せぬトラブルが起きた場合に外科的介入が速やかにできるかどうか、というのは明らかに患者さんの命を左右することであるからだ。


記事では、この病院には、県立医大から2名の医師が派遣されていた、と記載されているが、「常勤医」として、継続して同院に勤務しているのか、「特定の曜日」だけ派遣される医師なのかで、話は変わってくると思われる。「特定の曜日」のみの勤務、という形態であれば、その日の午前を外来、午後から手術の助手、としてその日のみの勤務、となるであろう。助手をつけずに心臓血管外科の手術を行なうのは困難なので、おそらく若手の医師が「医局派遣」として1年程度、交代で派遣されていたと考えるのが妥当かもしれない。そのようなシステムなら、この医師は「指導医」という扱いである。執刀医として、病院に寝泊まりするのがある程度日常となっていた、ということであれば、「責任感」をもって執刀していたのであろうことは疑いのないことだと思われる。


死亡症例が連続したことは残念なことであるが、心臓血管外科が担当する緊急手術、であれば、手術となる疾患が「致死的」な疾患であり、ある程度の割合で死亡症例が起きるのは避けがたい。80代の患者さんであればなおさらである。


調査の結果、「医療ミスはなかった」ということであれば、この医師に対しては、適切な接遇を行なうべきであろうと思われる。という点で、県立病院機構は大きなミスをしたと私は思うのである。


というのは、県立病院機構は、「改革案」として、手術の際には、県立総合医療センターから「医師を派遣を受けて、」という提案をしたからである。


これが、「手術の際には県立総合医療センターから医師を派遣し、手術のサポートを行なう」という表現であれば、おそらくこの医師は納得したのではないだろうか、と思うのだ。


外科医は、手術件数とその転帰から、その医師の「技量」をおおよそ評価できる。おそらくこの医師は、西和医療センターである程度長い期間、心臓血管外科医として従事し、手術を行ない、十分に良好な転帰を得られていた「ベテラン医師」であったのだろうと思うのだが、この医師に匹敵するほどの経験数と良好な転帰を得ている医師が県立総合センターの心臓血管外科に何人いるのだろうか?


もしかしたら、同院の心臓外科医の複数の医師が、一時、西和医療センターで、この医師を「指導医」として修業していたのかもしれない。しかも、医療ミスはなかったわけで、そのようなかつて指導していた医師から、所属する病院の違いだけで「指導を仰ぐ」ように、と言われれば、この医師のプライドはひどく傷つけられるだろう。「指導を仰ぐ」と表現するならば、少なくとも手術の際に派遣されるのは、単に「県立総合医療センターの心臓血管外科医」ではなく、この医師と同等以上の実績を誇る医師(おそらく診療科長レベル)でなければ釣り合わない。


医師はある意味で「職人」であり、一般的に「職人的プライド」と呼ばれるものを持って仕事をしている。結局何の落ち度もなかった医師の「職人的プライド」を大きく傷つけるような「表現」をすれば、当然のことながら首を縦に振ることはないだろう。程度の差はあれ、「職人としての誇り」がひどく傷つけられるのである。これまでの結果が悪ければ、「プライド」よりも「患者さんの安全性」が優先であるが、これまでも「十分な成績」を残してきていたわけである。十分に「患者さんの安全性」が守られていた実績があったわけであり、それに対する「プライド」に対しては「敬意」を払うべきであったのだろうと思うのである。


この医師が


「何も悪いことはしていないのに、監視されながらの手術はできない」

「必死にやってきた努力や実績を否定され、次は何を言われるのかと怖くなった。断らざるを得なかった緊急手術も多く、助けられた命があったのではないかと思うと本当につらい」


と感じるのも当たり前のことである。繰り返しになるが、「指導を仰ぐ」と表現するのであれば、この医師よりも手術実績の良い医師でなければおかしなことになる。「指導する」医師の質を担保せず、「この施設の医師だから」という理由だけで「指導を仰げ」と言われれば、同意できないのは道理である。この医師のおっしゃることはよくわかる。


「機構の上田理事長は取材に「医師が少ない医療機関では外から応援を招くなどして態勢を強化しないと安全性を保証できない。総合医療センターや大阪府側に受け皿はあり、県民への影響もないはずだ」と主張する。31年に予定している西和センターの移転後は、心臓血管外科を総合医療センターに集約させるべきと訴えた。」


とのことで、県立病院機構の理事長の言うことも正しい。分散した医師を集約して、大きな医療センターを建て、診療設備の充実や、労働環境の改善を図るのは時代の趨勢ではあるが、必然的に、「アクセスの不便さ」が出現するのは避けられない。居住地域では、「大きなセンターができるまでは、救急車で10分のところに医療センターがあったが、いまでは救急車で30分かかる」ということもあるだろうし、その20分の違いが生死を分けることもあるだろう。「どこに住むか」ということは、そういうリスクも勘案すべき、ということだろうと思う。


ただ、今回のこの騒動については、県立病院機構からの指示が、「指導を仰ぐこと」ではなく、「手術のサポートを受けること」としておけば、あまり揉めることではなかったのかなぁ、と思う。言葉は悪いが、外科医は「手術をしてナンボ」である。しかも高度な技術を持つ「心臓外科医」である。手術をしない、させない、ということは大きな社会的損失だと思うのだ。


そういう意味で、「言葉の使い方って大事」と思った次第である。

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