第824話 真夜中の乱入者

ギタリストの渡辺 香津美氏が、意識障害を伴う脳幹出血のため、現時点ではすべてのアーティスト活動を休止する、というニュースをYahooニュースで見て、大変驚いた。


私が渡辺氏のことを初めて知ったのは、大学4年生だったか、大学院生のころだったか、今から30年近く前のことだった。研究室に籠って研究していると、どうしても生活のリズムが不規則になる。今の「早寝早起き」の生活とは真逆の「遅寝遅起き」の生活をしていた。23時~24時くらいに帰宅し、家族が寝静まっている中(当時は自宅から大学に通っていた)、冷めた夕食を食べ(猫舌なので、「冷めたごはん」は全く気にならない)、布団に入るのはいつも午前1時ころだった。


丁度そのころに、毎週だったか、月に1回だったか、今では覚えていないが、フジテレビ系列の「関西テレビ」で、0:35から「真夜中の乱入者」という番組が放送されていた。その番組は、渡辺氏を中心に、毎回2,3名のミュージシャンを招いて、セッションを放送する、というものだった。番組の出だしは、氏のギターのヘッドのところに小型カメラをくっつけて、指板を縦横無尽に走る氏の指と、奏でられた激しいギターのメロディーだった。


私の持っているギターは、高校時代にギタークラブで愛用した、高校入学時の芸術選択の際に購入した3万円ちょっとのクラシックギター(値段の割には音がよく、今でも使っている)しかなく、貧乏大学生だったので、エレキギターなんて夢のまた夢(貯金が10万貯まったので、ハードケース込みで5万弱でアコースティックギター(これまた今も愛用中)を買ったら、当時の彼女(今の妻)から、「何無駄遣いしているのよ!」とひどく叱られた)だったが、氏のように滑らかでかっこいいギターが弾きたいなぁ、と思いながら番組を見ていたことを覚えている。


ジミ・ヘンドリクスの名曲”Purple Haze”を初めて聞いたのは、この番組だった。特徴的なイントロやインタリュード、ジミヘンの原曲ではギターソロは彼にしてはおとなしめなのだが、番組では氏のギターが激しくかっこよくて、「何だ、この曲は??」となったことを覚えている。その当時はYouTubeも、iTunesなどの楽曲サブスクリプションもなく、ネット検索とて、「学術的なもの」が主だったので、原曲を見つけるまでに苦労したことを覚えている。「当然常識だろう?」という前提なのだろうが、曲名の紹介はあっても、元のアーティストの紹介はないので、まずそこから始めなければならなかった。


また、別の回では、歌手の方がゲストに来られていたが、クラシックギターの基本曲であり名曲である「ラグリマ(涙)」をイントロに使い、そこから「浜辺の歌」へとつながっていく演奏も聞いたことを覚えている。


「真夜中の乱入者」の題名通り、番組が終わっても、心の中は熱くて、眠れなかったことを覚えている。


残念ながら、「意識障害を伴う脳幹出血」という事なら、予後不良だろうと思われる。


“Human is mortal.”とは思いながら、あの頃を思い出し、とても懐かしくて、とても残念な思いである。

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