第534話 Noisy minorityとSilent Majority

報道を見ると、沖縄県でCOVID-19が猛威を振るっているようである。COVID-19だけでなく、気道系に感染するRSVやヒトメタニューモウイルスも流行しているようで、県立八重山病院では、子供用の重症部屋が満床となっていて、これ以上患者さんを受け入れられない状態とのことである。沖縄本島でも外来機能、入院機能ともに限界を迎えている、という報道がなされている。


どうしても、島嶼地域は「逃げ場所」がないので、流行が拡大すると、身動きが取れなくなってしまう。という点で感染力の高い感染症は極めて厄介である。


ギリシア時代のポリス(都市)同士の戦争では、先述の一つとして、感染症で亡くなった人の遺体を、敵の城内(ポリスは城壁で囲まれている)に投げ込む、ということが行なわれていたそうである。疾患は天然痘や麻疹など、免疫がなければほぼ確実に感染し、致死率も高い疾患が選ばれていたそうだ(なので、皆さん、麻疹ワクチンは打ちましょう)。


ということで、今も昔も、感染症の大流行は「都市を破壊」するほどの深刻な問題である。


そんなニュースをYahooニュースで読んでいると、ネットでのニュースにはコメントがつけられるので、ついついそのコメントも読んでしまう。コメントを見ていると、「まだそんなことを言っているのか…」と頭が痛くなってきた。


曰く「5類になっているのに、医療崩壊なんかするわけないだろう」とか、「医療従事者が600人近く勤務できない状態、なんて、今でも『濃厚接触者』扱いしているんでしょうね」などなど。中には「それよりも、空床保障の不適切な需給を洗い出す方が先決だ」などと、「今目の前にある深刻な問題」をスルーするようなコメントも見られた。


「5類になっているのに、医療崩壊なんかするわけないだろう」という意見を書いた人、申し訳ないが、「算数できないの?」と思ってしまった。


1人の医師が一つの診察枠で診察できる人数には限りがある。医師の仕事は「外来診察」だけではない。例えば「午前」は診察、「午後」は訪問診療、としていたり、書類を作成したり、製薬会社から新規発売薬の情報を得たり、など、「外来診察」をしていない時間も「仕事が多い」のである。


状態の安定した定期受診の患者さんでも、体調を確認し、身体診察を行ない、処方箋を書いて、カルテに記載すると、やはり5~6分はかかる。「体調が悪いです」と来院された患者さんであれば、検査などをせず、薬だけで様子を見ることにしても、病歴聴取、身体診察、それらのアセスメントと想定される疾患を考え、処方薬を書く、ということをするだけで10分くらいはすぐに経ってしまう。日本の内科外来での平均診察時間は一人6~7分、プライマリケア学会で、高名な先生が述べていた「一人前、とされる総合診療医の診察人数」は3時間で25人程度、とのことだった。そう考えると、例えば午前の診察枠が9:00~12:00の3時間と考えると、25人~35人程度が限界、初診の方が増えれば、もっと人数が減るわけである。


ある程度経営が回っているクリニックであれば、1つの診察枠におおよそそれくらいの患者さんがお見えになる。例えばここに、COVID-19疑いの患者さんが7~8人やってくれば、それだけで、外来はオーバーフローしてしまう。通常外来がいつもより1時間遅く終わることになれば、玉突き状態で、他の仕事もどんどん遅くなってしまう。


沖縄県立中部病院が小児科の夜間救急を停止したが、小児科の夜間救急はただでさえ忙しい。初期研修医時代、小児科研修では夜間担当日の当直をしていたが、一晩で100人くらいの患者さんがやってくる。なので、もともとギリギリの状態でやりくりしていたのだろう。ここに例えば50人の患者さんが上乗せされれば、診きれない。


2類であろうが、5類であろうが、患者さんの数が爆発的に増えれば、医療機関はオーバーフローするわけである。


「医療従事者が約600人、COVID-19で出勤できない」という記事に対して、「まだ『濃厚接触者』の扱いをしているんじゃない?」というコメントがあったが、現場は本当に人が足りていないのである。『濃厚接触者』の定義が外れた途端に、少なくとも当院では「無症状であれば、通常勤務を。有症状なら検査をする」という形に変わった。先日、次男がCOVID-19に罹患したが、次男を個室に隔離して、私については、院内の感染対策委員会から「症状が無ければ、いつも通りマスクをして、通常の勤務を行なってください。症状が出現したら相談してください」という対応であった。病院によっては、現場のスタッフがCOVID-19に罹患した場合、仕事ができる体調であれば「COVID-19患者さん」の担当、とすることで、欠員が出なくなるようにしているところもあるそうである。

「医療崩壊」が起きればどんなことになるのか、医療従事者自体が十分理解しているので、そんなに「悠長」な対応をできるわけがないのである。


まぁ、このようなコメントを寄せるのは、基本的にはNoisy minorityであり、Silent majorityの人々は、「医療従事者の苦悩」を分かってくれるに違いない、と思って日々を過ごす次第である。

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