第463話 計画された停電

病院も法的に電気系統などの定期点検が規定されている。昨日は、電気設備(高圧電気)の点検があり、午後から6時間ほど停電となった。もちろん医療機関なので、外部からの電力供給が途絶えた場合は、自己発電機が動き出すのだが、それだけで院内すべての電力を賄えるわけではない。


どこの病院でもそうだと思うが、停電してもあまり困らない機械、停電し、機能を失うと患者さんの命にかかわる機械がある。当院は内科の病院で手術室を持たないこと、集中治療室もないことから、予定された停電であれば、少なくとも入院中の患者さんが停電の影響を受けないようにはなっている。電源タップも、自己発電機につながっているタップは赤色、つながっていないタップは白色となっており、一応院内にあるものの、使っているのを見たことがない「人工呼吸器」などは「赤タップ」に差し込むこととなっている。


そんなわけで、昨日は朝から緊張していた。朝の回診ではいつも以上に注意してそれぞれの患者さんを診察し、必要と思われる指示などは、忘れることなく朝一番に出しておいた。


停電は13時開始の予定だったが、午前の診察受付は12時までとなっている。なので、診察待ちの患者さんが多くなれば、患者さんの診察中にもかかわらず「停電」となってしまう。当院は時代遅れの「紙カルテ」運用となってはいるが、検査結果や画像についてはPCでの確認となること、紹介状などの書類作成もPC上で、ということになっているので、是が非でも、13時までには診察をすべて終えなければならなかった。


土曜日なので、患者さんは多く、また手のかかる(施設入所のための診断書作成希望、とか、他院の在宅診療に移行するための紹介状希望、とか、「公害認定」の継続のための書類作成(これはA3用紙3枚にわたり、しかも書き慣れていない書類なので大変だった)などを希望されている)患者さんが多く、いつも以上に内心は「あ゛~!!」と思いながら、それでも笑顔を忘れず、いつも通りを意識して診察を行なった。


患者さんがたくさんお見えになられると、時間の過ぎるのが速い。診察待ちカルテがそれなりに積まれているのに「もう11時過ぎだ」などと思ってドキドキしていた。以前にも書いたことがあるが、私は、後に予定があるとイライラする(いわゆる「ケツカッチン」に弱い)性格なので、ストレスがひどかった。特にきつかったのは、当院かかりつけの患者さんからの救急搬送受け入れ依頼の電話がかかってきたことだった。時間は12:15頃だったか?


前日から発熱のある高齢女性。前日に当院発熱外来を受診されておられた。COVID-19抗原検査は陰性。「風邪でしょう」とのことで葛根湯を処方されていたそうである。その後も熱は高くなり、動けなくなった、とのことでの依頼である。持ってこられたカルテも分厚くて、明らかに「かかりつけさん」だと分かったが、当院に来てもらっても、その時間には停電に備えて臨床検査室、放射線科ともシステムの停止作業を開始していた。それに、停電となればエレベータも動かないので、患者さんを病棟に上げることもできない。残念ながら、このタイミングでは患者さんを受け入れることはできなかった。検査も何もできないからである。「すみません、午後から当院停電のため、医療活動が何もできなくなります。申し訳ありませんが、他病院を当たっていただけませんでしょうか」と救急隊に伝えた。


何とか12:30頃には外来患者さんの診察が終わり、急いで書く必要のある診療情報提供書も、PC上で作成できた。「間に合った~~!」と本当にほっとした。


そして大急ぎで昼食を食べた。昼食は毎日妻が作ってくれたお弁当を食べているのだが、「医局」は完全に停電となるので、ペットボトルに入れていたお茶が冷やせなくなってしまう。「冷たいお茶」を飲むのは好きなので、冷蔵庫が動いているうちに食事ができて良かった。


そして食事を取ったら、トイレに向かった。水を配水するポンプが停止してしまうので、医局のあるフロアには配水ができず、トイレも使用禁止となってしまうからだった。患者さんのいるフロア、外来のある1階はトイレ使用可だったのだが。それもしょうがない。


そして、停電になってしまえば、医局のインターネットも使えなくなってしまうこととなっていた。停電のため、本来は行うべきはずのCOVID-19ワクチン接種も中止してしまっているので、私は、自分の患者さんの急変がない限りは仕事がない。仕事が無ければ、学会のオンデマンド配信を見たいのだが、それも見ることができない。しかし定時まで院内に在院しなければならない。終業時間まで、結構長かった。


午後の停電後にもう一度病棟を確認したが、そこで病棟内の赤タップの少なさに驚いた。一フロアに数個しか非常用発電機につながっているタップがない。なので、病棟内はものすごい配線になっていた。多少なりとも電気系の資格を持っている人が見れば、目を丸くするほどのタコ足配線だった。「タコの足」どころではないほど延長コードにコンセントが刺さっていた。これだけタコ足になっていて、赤タップ、電流過多で火事にならないだろうか、と心配するほどだった。


病棟では、何人かの患者さんに薬を出してほしい、と依頼された。紙カルテなので、処方箋も紙なのだが、処方箋に患者さんの名前やIDを転記する機械が停電のために使えず、IDや名前も手書きだったのは手間だった。幸いにも、私の患者さんは安定していて、他の病棟患者さんも安定していたのでほっとしたのだが、おそらく、当院が「受け入れできない」とお断りした患者さんだったのだろう。他院から、「貴院に定期通院中の方の診療情報を至急で送付してほしい」という依頼があったそうだ。


そのような仕事は、午後の時間外外来担当の医師に回るのだが、担当の先生曰く、「カルテはあるけど、カルテを見てもどんな病気で、どんな状態なのかが記載されていないので分からず、診療情報提供書を書こうとしても、書類作成用PCが停電で使えないので作成もできず、印刷もできない。検査データもPC上で管理されているので打ち出せない。3年ほど前に、主治医が他院眼科あてに書いた紹介状と、直近の処方箋、そして紙に手書きで「現在主治医が不在且つ、停電中で過去の検査データを確認できず、送れる範囲での情報を送ります」と書いて、依頼を受けた病院の地域連携室にFax(地域医療部のコピー、ファックス複合機は赤タップにつながっていたようである)してもらいました」とおっしゃられていた。大変なことである。


そんなわけで、何とか退勤時間まで停電の中を過ごし、帰宅した。日常生活の本当にいろいろなことが「電気」によって支えられていることを改めて認識した次第である。

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