第461話 何か、肝心のところが隠されていない?

昨日のMBSニュースから


京都府南丹市美山町地域で唯一、医師が常勤している医療機関である「南丹みやま診療所」で、常勤医の医師が「無念」の辞職をすることになった、と報道された。


事の発端は、昨年9月の議会で、市長が「医師が体調を崩されて、入院の医療体制が整わない状況になっているので、当面、入院病床は休床せざるを得ない」と発言したことだそうである。


ところが、医師は病気で通院する必要はあるものの、体調不良で休んだことは一度もなく、現在も精力的に診療を行なっているそうである。


診療所には4床の入院ベッドがあったそうだが、市側は前述の通り、「常勤医の体調不良」を理由に病棟を閉鎖したそうである。医師は病床の維持を強く希望しており、自分の進退をかけて病床の維持を市側に申し出たそうだが、受け入れてもらうことができず、前述の通り、「無念の辞職」となってしまうそうだ。


「医師の体調不良」を理由に入院病床を廃止した南丹市であるが、市の資料では、診療所の経営について「入院診療機能を廃止することが、最も収支改善効果を期待できる」とあるそうだ。


有床診療所の勤務経験から見ても、診療所の病棟はよほど頑張らなければ「赤字部門」となってしまう。入院基本料(入院中の患者さんにかかる一日の基本料金)が「病院」に比べて「診療所」の方が安価に設定されていることもあり、もともと不採算である。しかも、病床が少ないほど、得られる入院診療報酬に対しての人件費の割合が増えるため、より不採算部門となってしまう。


病床が19床までは「有床診療所」となる(20床を超えると「病院」となり、はるかに医療法上の縛りが厳しくなる)。入院病棟を抱えるとなれば、24時間スタッフが必要である。私の勤務していた診療所では15床の病棟と4床の介護保険ベッドを日勤帯は1~2名の看護師(1名の場合は必要があれば、外来から看護師が応援に入る)と2名~3名の介護職員、当直帯は看護師、介護職員各1名でケアしていた。このような配置でも病棟の収益は真っ赤っ赤で、ベッドがほとんど埋まって、ようやくプラスマイナスゼロに近い状態(どう頑張っても黒字になることはない)となるようなものであった。


「南丹みやま診療所」のように入院病床が4床であれば、そこに24時間看護師さんを配置する必要があり、食事を提供する施設、スタッフも必要である。例えば、看護師さんの勤務を労働基準法の範囲で収めようとすれば、5~6人の看護スタッフ、食事を作る栄養科も、栄養士さんと調理師さん2名程度が必要と考えれば、4床の病床を維持するために10人近いスタッフを雇用する必要がある。得られる診療報酬を考えると、この4床の入院病床は慢性的に「大きな赤字」となったのは間違いのないことだろう。ということで、市の資料にある、「入院診療機能を廃止することが、最も収支改善効果を期待できる」ということは、診療所の収支を考えるなら至極真っ当な結論である。


私が不思議に思うのは、なぜ市長は、正直に「入院部門が大赤字で、診療所を維持するためには無床診療所に転換せざるを得ない」と言わなかったのだろう?なぜ「医師の体調不良」を口実にしたのだろう?ということが一つと、現在勤務中の医師が、なぜこの4床の病床に強くこだわるのだろうか、ということである。


確かに、このような地域で、身近な医療機関が無床診療所であれば、入院が必要な患者さんはどうしても遠方の病院に行かざるを得ず、ご家族にとって大変な負担となるのは事実である。その苦労を慮って、ということは理解できないわけではないのだが、その一方で「常勤医は一人」なのである。


病院であれば、「常に医師が病院内にいなければならない」が、有床診療所であれば、「医師が院内にいなくても『すぐに駆け付けられる体制』となっていればよい」ということになっている。ところが、この『すぐに駆け付けられる体制』が厳格で、ほぼ「同一敷地内にいる」ような状態でなければならないとされている。


現在の常勤医は訪問診療も行なわれているそうであるが、常勤医が訪問診療に出かけている間、院内に入院患者さんを抱えている場合には、どうしていたのであろうか?非常勤医が院内にいる、あるいは隣接する施設(もしあれば)で勤務している、ということでなければ、やはり医療法上問題となるであろう。


私が診療所にいたときも、私を含めて3~4名の常勤医が在籍し、よほどのことが無ければ、誰かが院内に残っていた。どうしても全員が不在にならざるを得ないことがあった(例えば、一人が、講演会の講師として不在、一人が訪問診療中に、病棟で急変があり、残った一人が救急車に同乗、なんてことが起こり、私たちはその状態を「無医村」と呼んでいた)が、その時には医師全員が、可及的速やかに、その状態を改善しようと努力していた。


そういう医療法上の規定からも、常に日中に非常勤医がやってくるような診療所でなければ、訪問診療を行いながら病棟を抱えることはできないはずである。


「訪問診療」を行なう上でのバックベッドとして、病床を持っていたい、というのは分かるのだが、診療所の経営を考えるうえで、病床を維持できない現実がある、ということも院長たる常勤医であればわかるはずであろう。


そんなわけで、「病床閉鎖」を「常勤医の体調不良」に帰着させる市長、市側に対しても、「採算を全く度外視して入院病床の維持」を強く求める医師についても、理解に苦しむのである。


結局現在の常勤医は退職される、とのことだが、報道されていない何か大きな問題が市側と医師側の間であったのではないか、と勘繰ってしまう次第である。

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