第399話 一つの診察枠で、5枚の紹介状作成。

昨日の午前中も、私の定期外来日であった。木曜日は実のところ、なかなか慌ただしい。毎日、午前の仕事が始まる前に病棟回診を行ない、患者さんの状態の把握と、必要な指示を出すのだが、入院中の患者さんの薬には「定期処方」と「臨時処方」という立て分けがある。文字通り、「定期処方」は患者さんが定期的に、継続して飲む薬、「臨時処方」は患者さんが臨時に使う薬のことである。


私の医師としての生活は「電子カルテ導入病院」→「紙カルテ医療機関」へと時代の波に逆行して働いているのだが、研修を受けた(当時では非常に少なかった)電子カルテでは、これまた病院によってルールは異なるとは思うが、「処方薬」をいったん「定期処方薬」として登録しておけば、「定期処方」を作成する「定期処方日」にPC側で自動で処方を継続してくれるようになっていた。「臨時処方」はそういうわけではないので、処方が切れたら「飲み切ったら中止」とか、「病状によっては継続」と薬局側に伝えておかないと「薬、どうされますか?」と電話がかかってくることになっていた。


次に勤務した有床診療所では、「定期処方箋」と「臨時処方箋」の区別はなく、定期処方については処方箋に「定期処方」と記載して、定期処方を記入。非常勤の薬剤師さんが定期処方日には出勤してくれて、定期処方を作ってくれるようになっていた。他の日の臨時処方については、処方箋を書いて、空き時間を見つけて自分の処方は自分で調剤する、というルールとなっていた(法律上、調剤は「薬剤師」の独占業務であり、他の職種の人は行うことができない。医師は「自らが書いた処方箋」についてのみ、その調剤ができる、という事となっている)。


当院では、定期処方箋と臨時処方箋は別のものとなっており、週に一度、定期処方箋を記入することになっている。定期処方箋は作成するのに結構手間がかかり、月に一度は書き直さないとならないので、時間もとられる。私は入職以来の習慣で、「木曜日」に「定期処方箋」を記入しているので、木曜日の朝回診は結構時間がかかる。


そんなわけで、昨日も朝に回診、必要な指示、臨時処方箋と定期処方箋を作成して、そのまま一息つくこともなく、外来に下りて行った。


私がこの病院に入職した時は、木曜日の午前診は、ベテランの先生と、医局長の先生お二人で担当されており、医局長の方が後に入職されたそうで、「患者さんの多くが隣の診察室を希望されるので、そんなに患者さんは来ないんですよ~」と言っておられた。確かに患者さんは少なかったように思った。しかし、医局長の退職後、私がその後釜に入ったのだが、確かに患者さん数は、ベテラン先生の方が多いのだが、そちらの方の患者さんが多い、という事で、「初診」の患者さんなど、手間がかかる患者さんが私の外来に来られることが多い。また、私の外来に定期通院される方も増えてきたので、入職時の「そんなに患者さん、来ないんですよ~」どころではなく、馬車馬のように働くことがほとんどである。


もちろん比率としては、定期通院痛患者さんの「薬がなくなりました」受診が多いのだが、「ついでで申し訳ないのですが…」と相談を受ける場合、大概そちらの方が深刻な問題のことが多い。


まぁ、そんなわけで、いつも通り、外来を開始した。一番最初の患者さんは、私の外来に定期的に受診してくださっている患者さんだった。高血圧と高尿酸血症の投薬中なのだが、2月に人間ドックを受けられ、消化器系などいわゆる「腺がん」で上昇することの多い「CA19-9」の値が異常に高い、とのことで先月相談を受けていた。


内科の教科書では「原則、腫瘍マーカーで悪性腫瘍を診断してはいけない」と書いてある。というのは、本来、悪性腫瘍が見つかった時に、その腫瘍で上昇することが多い腫瘍マーカーを確認し、『もし』その腫瘍マーカーが上昇していれば、腫瘍の状態と腫瘍マーカーの値には関連があるので、悪性腫瘍の経過を見る目的で測定する、というのが腫瘍マーカーの使い方であるからだ。例えば「胃がん」や「大腸がん」を例に挙げるが、これらのがんで組織型などとは関係なく、腫瘍マーカーが上昇するものもあれば、上昇しないものもある。なので、「腫瘍マーカーが基準範囲内である」ことは「悪性腫瘍が存在しない」という事を保証するものでは全くない、という事である。実際にそれで見逃されることも多いのである。現時点では「腫瘍の存在、進行度」と明確に関連があり、診断に用いても良いだろうと考えられている腫瘍マーカーは、「前立腺がんで用いられている“PSA”」だけだと思っていただければよいと思われる。


さて、この患者さん、健診で「CA19-9」の上昇を人間ドックで指摘されたが、もちろん人間ドックで、他の検査もしっかり受けられており、胸部CT、上部消化管内視鏡、便潜血反応はいずれも問題がなかった。ただ、「膵臓がん」は確認ができていない、と考え、腹部CTを撮影した。放射線科の読影医からは「腹部CTで異常を認めず」と結果が返ってきていた。なので、4月上旬に定期の診察に来ていただいたときに、もう一度血液検査と、画像の検査をしましょう、と言って前回の診察を終了していた。


定期の受診としては薬はあと2週間ほど残っている。変だなぁ、と思いながら、カルテを遡る。「日曜日に38度台の発熱が出現し、市の設置した検査会場でCOVID-19の検査を受けたが陰性。月曜日の発熱外来に再診されたがインフルエンザ、COVID-19抗原検査も陰性。その時に発熱外来担当の医師に「最近、尿が濃いように思う」と相談されており、「何かあったら主治医の外来へ」と指示を受けたそうである。その後もなんとなく尿が濃いような気がする、とのことで受診されたらしい。


「わぉ!最初からこれか!」と驚いた。「尿が濃い」という訴えだったので、看護師さんがあらかじめ検尿一般、沈査の検査を行なってくれていた。結果を見ると「尿ビリルビン(3+)」とのこと。やはり黄疸がありそうだ。これまでのことを考えても、やはりただ事ではない。一番最初の患者さんがこれなら、今日は荒れそうだと思った。


患者さんを診察室に呼び込み、お話を伺う。腹痛はないが、何となく体がだるくて、食欲もない、とのことだった。身体診察では皮膚は明らかに黄染、結膜も黄染。身体診察では有意な所見はなく、右季肋部の叩打痛も認めなかった。


「○○さん、お身体はずいぶん黄色くなっていて、黄疸を起こしていると思います。たぶん、速やかに大きな病院への転院が必要です。その前に、血液検査と、もう一度おなかのCTを確認させてください」


とお願いし、検査に回ってもらった。


結果が出るまでの間に、待ってくださっている患者さんの診察、投薬を進めていく。


「おはようございます。お待たせしました。最近寒くなったり、暑くなったりですが、隊長はどうですか?」と患者さんにあいさつと声をかけて、普段の様子を確認し、診察、投薬を行なっていく。


そうこうしているうちに、また別のかかりつけ患者さんの番となった。この方は、60代女性で、1月上旬、鼻汁、咽頭痛、咳嗽が出現し、速やかに鼻汁、咽頭痛は改善したものの、咳嗽だけが続き、他院で薬をもらっても改善しない、とのことで1月下旬に初診で私の外来受診をされた方である。初回受診時に胸部レントゲン、血液検査を行ない、病歴からは先行する風邪症状のあとに遷延している咳嗽、という事で、「感染後の咳嗽」あるいは「感染に誘発された咳喘息」と暫定診断を行ない、吸入ステロイド薬、鎮咳薬を処方した方であった。胸部レントゲンは正面、側面とも異常を認めず。血液検査も、百日咳を含め異常はなかった。投薬でいったん改善傾向にあったが、再度咳がひどくなったとのことで10日前に受診されていた。


前回受診時に「仕事の日はそれほど咳は出ないが、土日と休みの日に、自宅にいると咳がひどくなるようだ」とおっしゃられていた。ご自宅は木造の一軒家で、押し入れやお風呂は少しカビている、とおっしゃられていた。そのような「カビ」に反応して咳が出る「過敏性肺臓炎」なども考慮していたのだが、やはり咳が落ち着かず、「大学病院で精密検査を受けたくて、紹介状を書いてもらいに来ました」とのことだった。


確かに咳が続くと体力を使うので、2か月近く咳が止まらないのはつらかろう。身体診察は受診時に毎回行っているが、咽頭に発赤はなく、後鼻漏を示唆するcobble stone様のリンパ濾胞も目立たない。心音、呼吸音にも異常を認めない。


「わかりました。それでは、大学病院宛てに紹介状を作成します。その前に、胸部CTを確認させてください」とお願いし、胸部CTを取ってもらうことにした。CTでは、両肺野に数個ずつ、非対称的に直径7mm程度の結節が写っていた。このサイズなら胸部レントゲンでは分からないことも多い。


先ほどの方は緊急性が高いが、この方はCTの陰影の正体は分からないものの待機的に対応できるだろう(今から大急ぎで専門医の治療を受ける必要はなく、数日のうちに受診してもらえばよい、という意味)。なので、この方は診察終了後に紹介状を書くこととした。


丁度そのころに最初の患者さんの血液検査、腹部CTの結果が返ってきた。血液検査では細菌感染を示唆するデータではないが、総ビリルビン 6.6と明確な黄疸を示すデータであった。AST、ALTは中等度の上昇だが、胆道系酵素であるγ-GTPは著高しており、やはり閉塞性黄疸を示すデータである。腹部CTを確認する。肝内胆管はわずかに拡張している印象。胆嚢は張っており、総胆管は拡張しているように見える。しかし、総胆管が膵臓を通る部分は明確ではなく、膵頭部は明らかな腫瘍性病変を認めないが、膵頭部腫瘍で膵内の胆管が狭窄し、閉塞性黄疸を来たしている可能性はありうると思われた。


この方は緊急で紹介が必要と判断した。受診歴のある近くの急性期病院に紹介状を作成し、地域連携室にお願いして、至急の受診を依頼するようお願いした。


緊急で転院を要する方が診察室に来られると、やはりこちらも、「緊急モード」となるので、結構疲れる。とはいえ、転送先もきまり、「ホッとした」というのが本音である。


また外来を続ける。今度は80代後半の女性が、「3か月ほど前から、食事をとるとおなかが痛い」との主訴で受診された。この方は昨年10月頃、「胃が痛い」という主訴で私の外来を受診。病歴、身体所見から心筋梗塞/急性冠症候群を疑い、血液検査、心電図を施行。心筋梗塞と診断し、大学病院に転送。その後は大学病院に定期通院中、とのことだった。


処方薬を確認すると、PPI(proton pump inhibitor:簡単に言えば、「胃酸の分泌」を強力に抑える薬剤)と、バイアスピリンを飲まれておられる。


腹部の診察では有意な異常を認めない。「食後の痛み」なので、胆石症か、消化性潰瘍か、あるいはただの蠕動痛か?なんやらよくわからないが、精密検査は大学病院でした方が良さそうと考えた。


「今の診察では『こりゃ、えらいこっちゃ』というような所見はなさそうです。大学病院で、いろいろ薬をもらっているので、大学病院で診察を受けた方がいいでしょう。かかっておられる『循環器内科』と、おなかの方は『消化器内科』に手紙を書くので、大学で診てもらってください、と逃げた。「逃げた」とは言うものの、PPIを飲んでいて、内視鏡をするにはアスピリンが問題となるわけであり、「当院がかかりつけ」というわけでもない方である。現在定期通院されている病院で精査されるのが適切だろう、と判断した、ということである。


その後も、「空き時間ができたら、紹介状(診療情報提供書)を書こう」と思いながら、患者さんは途切れることなく、紹介状を書く余裕もないままに時が過ぎていった。


「これで最後の患者さん!」と思った方は、当院に受診歴のない、80代の女性であった。主訴は「4日前から便秘をしていて、おなかが痛い」とのこと。パッと目には「便秘」」と思い込んでしまいそうな主訴だが、とんでもない。「この主訴を見て「便秘」と安直に考えるか、「ヤバいかもしれない」と思うかが、内科医の技量だ」なんて言ってみたりする。


実際問題として、このような主訴で、最終診断は「腸閉塞」だった、というのは比較的よくある結論である。とりあえず診察室に入ってもらい、お話を聞くこととした。


普段は遠方のかかりつけ医で、下剤を2種類もらっているとのこと。4日前に下剤が切れたが、それから便秘が始まり、今日は「お腹がいたい」ので受診した、とのことだった。腹痛は波のある痛みで、下腹部を中心とする重いような痛み、とのことだった。腹部の診察をするために、診察ベッドに横になり、おなかを見せてもらった。


「肥満」というわけではなく、でも明らかに腹部は「膨満」していた。見た目にも、左の腹部が右に比べて明らかに膨隆している。腹部診察は「視聴打触」の順番で診察すること、と教科書に書いてあるが、見た時点でおかしな腹部膨隆である。聴診するが腸音はほぼ聞こえない。打診は、全体的に鼓音(軽く打診すると「ポンポン」とする音が鳴る)で、特に左下腹部は強い鼓音である。つい先日訪問診療中の患者さんの腹痛で経験した「S状結腸軸捻転」が疑わしい。


「たぶん、単純な『薬が切れて便秘』ではないと思います。腸の一部が捻じれてしまって、それでおなかも張り、便は出ず、痛みも出ているのだと思います。おなかの輪切りの写真を撮りますが、おそらく緊急で、大きな病院に受診が必要だと思います」と説明した。


そして腹部CTを施行。スカウトビュー(CTのスライス位置を明確にするために、撮影領域を少し超えるような形で、単純写真のように撮影した像)では、腹部正中~左側腹部にかけて著明に拡張したS状結腸が”Coffee Bean sign”を呈していた。腹部CTも、上行結腸~横行結腸~下行結腸はそれなりに便はたまっているが、S状結腸は著明に拡張しており、S状結腸→直腸に移行するところで急に大腸径が変わり、直腸~肛門にはほとんど便は溜まっていなかった。ガスが重なるところがあり、正確には読影できなかったが、やはりS状結腸軸捻転を視野に入れた対応が必要と考えた。


「写真の結果は、やはり、腸の一部が捻じれている可能性が高そうです。今から紹介状を用意するので、この足で、大きな病院を受診してください」と繰り返し説明し、また急ぎ診療情報提供書を作成した。紹介状の作成、地域連携室への依頼を行なった後、ようやく時間ができたので、後日受診の方の紹介状を作成した。紹介状の作成、しっかりこちらの意図を伝えて書こうとすると大変なのである。


という事で、緊急で転院の患者さん2名、咳の患者さん1名、腹痛が続く女性は1名だが循環器内科、消化器内科と2通、計5通の診療情報提供書を書くことになった。


お腹の張ったこの患者さんには、繰り返し、「腸が捻じれている可能性が高いので、寄り道などせず、この足で受診してください」と説明したはずなのだが、外来が終了して、午後の仕事を片付け、そろそろ帰宅準備をするか(その日の私の勤務は8:00~16:00)、と思う15時過ぎに地域連携室から連絡があり、「患者さん、まだ受診していないそうです。『キャンセルしていいですか?』と向こうの病院から電話がかかっているのですが」と地域連携室から私に問い合わせがあった。


「どうしましょう」と言われても、こちらは「この足ですぐに受診してください」と説明し、同意されたはずである。受診が遅れている理由は本人のみぞ知ることで、こちらの知ることではない。ただ、病態が病態だけに、『受診キャンセルなので受け入れ不可』とされると患者さんの命にかかわる。「もし、内視鏡の先生が待機されているなら、その待機はいったん外してもらっても良いと思いますが、受診そのものはキャンセルせず、もし患者さんが受診されたら、対応はお願いしたい、とお伝えください」と返事をしておいた。


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