第397話 何故だか、よく当たる気がする。

実際問題として、今は中年期~高齢者の患者さんを主に診察しているので、どうしても頻度が増えるのかもしれないが、最近、悪性腫瘍(しかもかなりの進行がん)の方の診断をつけることが多いように思う。


以前、こちらでも書いたが、下腹部の不快感を主訴に受診した女性。診察すると腹腔内に腫瘍があり、両側の肺に転移と思われる腫瘤影を認めた方がおられた。しばらく前は、「胃の辺りの不快感」ということでたまたま私の外来を受診された方に、悪性の腹水を疑う所見を認め、大学病院に紹介したが訳の分からない理由で受け入れを拒否され、家族からは文句を言われ、結局腹痛がひどくなり、大学病院に搬送された、ということもあった。この方は胃がん末期で、確かそれから2か月ほどで永眠されたと聞いた。


少し前だが、「今朝、大便をしたら血液がついていた」という主訴で、臨時受診された方がおられた。訴えからは「痔」のようにも思えたが、「直腸診」を行なうと、明らかな痔核や裂肛は視診、指診で認めなかったが、指先には血液が付着しており、腹痛の訴えもなかったことから「変だ(腸炎などで出血するときは普通は「痛い」はず)」と思い、これも大学病院に紹介。直腸上部に直腸がんが見つかったことがあった。


昨日の外来。当院の私ではない常勤医の外来に高血圧、高尿酸血症で定期通院中の方。ちょうど昨年の4月、理由は忘れたが、腹部単純CT、血液検査を受けておられ、CKD G3a程度の腎機能低下がある程度で、画像については読影医から「特記すべき異常を認めない」と所見がついていた。


今年の初めころから、下痢が続いておなかの調子が良くない、とのことで主治医から「過敏性腸症候群」との暫定診断で処方を受けていたとのこと。一昨日、腹部不快感が強く、時間外外来を受診され、「検査の指示をしておくので、明日の午前診に来てください」と説明され、私の外来に受診された。カルテを確認すると、2月の受診時に「サウナに行ってから下痢が続く」と記載があり、その後数回のカルテでは、「おなかはスッキリしない」と記載があり、いろいろと薬を変更されていた。


時間外の先生がオーダーされた検査結果が出た時点で診察室に入ってもらう、という流れになっており、まず最初に腹部CTの結果が飛んできた。CTを見てみると思わず「何じゃこりゃ??」と声が出そうになった。


腹部CTでは、撮像範囲は、心室の高さ(食道裂孔ヘルニアがあるかもしれないから)から、骨盤底部まで撮影し、写真の並びは上から順番に並んでいる。最近はPC上で確認することが多いのだが、クルクルッとスライスを下ろしていくと、まず、肝臓、脾臓が見えてくる。肝臓には不自然な低吸収の病変が多発散在していた。肝臓、脾臓の周りには腹水が溜まっていた。


PCなのでありがたいことに前年のCTを横に映して比較することができる。前年のCTでは、そのようなものは写っておらず、肝臓はきれいで、腹水も認めない。スライスを下ろしていくと腎臓が見えてきた。前年には認めなかった左の水腎症が認められた。


「水腎症」とは、腎臓から膀胱につながる「尿管」のどこかに閉塞機転があり、うまく尿が膀胱に流れず、たまった尿で腎臓が張ってくる状態である。ある程度の期間、水腎症が続けば腎実質は萎縮し、腎機能も悪化、廃絶してくる。左の尿管を追いかけたが、結石などの閉塞機転ははっきりしなかった。


悪性腫瘍が腹腔内に広がる「腹膜播種」という状態になると、腹膜も硬くなってくるので、腹膜の後ろにある「尿管」も硬くなった腹膜で全体的に押さえられ、通過障害を来すことがある。腹水も存在しているので、おそらく、何かの悪性腫瘍が広がっているのだろう。


膵臓、胃、総胆管などは問題なく、腸閉塞の所見も認めなかった。大腸の便貯留も「こんなもんかなぁ」という程度であった。確認しながら、スライスを下ろしていくと、骨盤腔内にも腹水が溜まっていた。


以前にも書いたことがあるが、腹水の中に腸管がプカプカ浮いているのは良性の腹水、腹水があっても、腸管の位置が固定されているのは悪性の腹水の可能性が高い。残念ながら、この患者さんは、腹水の中に腸管が浮いている、という感じは全くなかった。悪性の腹水の可能性が高そうだ。


そして、直腸から逆行して、S状結腸、下行結腸へと見ていくと、前年は全く所見のなかったS状結腸の一部が、「内腔の狭小化」「腸管壁の浮腫を伴わない著明な壁肥厚」を呈しており、その周囲にも腹水が溜まっていた。


私の読影結果は「S状結腸癌、多発肝転移、腹膜播種による癌性腹膜炎、悪性腹水、左水腎症」とした。大変残念なことだが、前年の検査では全く所見がないため、今回検査をしなければ分からなかっただろう。


しばらくして血液検査の結果が出たが、時間外の先生も「腸炎」と考えていたようで、院内の至急検査しかオーダーしていなかったのだが、前年の採血結果と比較すると、明らかに腎機能悪化が見られた。その一方で白血球や炎症の指標になるCRPは正常値だった。おそらく腎機能の悪化は、水腎症も認めているため、いわゆる「腎後性腎不全」であろう。CKD G4の状態である。


病名告知には、とても気を遣う。しかし今の時代、手術であれ、化学療法(抗がん剤)であれ、「病名、病状」を正しく伝え、本人の同意がなければ治療を行なえない。


例えば、胃カメラと生検による病理検査で「早期胃がん」が見つかり、おそらく内視鏡的治療で済みそうだ、という方には、「今回検査を受けられて、よかったというのも変ですが、『早期と思われる胃がん』が見つかりました。早く見つかったので、おそらく治療も大掛かりなものにはならないと思います。もちろん大きな病院で精密検査と治療を受けてもらいますが、早く見つかって本当によかったです。治療を頑張っていきましょう」と、病名告知は比較的行ないやすい。患者さんがどうとらえるか、というのは難しいところであるが、「がん」であっても「根治」を目指せる時期だ、ということを強く伝えることで、希望を失わせることは少ないだろうと思っている。


一方、今回のように、検査結果でStage4、根治を期待することは難しく、予後も厳しい場合には、あえて現時点では「がん」や「悪性腫瘍」という言葉を避けている。高次の医療機関に紹介すれば、さらに精密検査を行ない、組織診断をつけて、「がんだ」ということを確定させてから、ご家族も交えて、時間をかけて病名告知を行なう必要がある。とはいえ、高次の病院に紹介する、ということについても、その理由を患者さんに伝え、納得してもらう必要がある。なので、言葉を選びながら伝える必要がある。


「〇〇さん、今日は検査を受けていただきましたが、厄介な状態が起きているようです。(ここで採血結果、画像所見を詳しく説明)。そんなわけで、「何か『厄介な病気』が腸に始まり、おなかの中や肝臓にたくさん病気が飛んでいます。この状態では、大学病院で精密検査を受け、専門の先生と治療の方針を決めていく必要があります。紹介状と大学病院の予約を取るので、数日時間をください。治療は、長い闘いとなると思います。頑張りましょう」と説明して、その日の診察を修了とした。外来終了後に、切ない気持ちで診療情報提供書を作成する。


人は皆、いつか死ぬのだけれど、一番衝撃が大きいのは、「自分は元気だ」と思っているときに、「自分の寿命を制限する疾患が見つかった」、と告知されるときだろうと思う。それまではどこかぼんやりしていた自分の人生の終わりが、突然明確になる。自分には残された時間は多くない、という事実を伝えられる、というのはとてもつらいことだと思う。


そんなことを考えながら仕事をしているのだが、最近、そのような話をしなければならないことが多いなぁ、と思っている。私の「引き」が強いのか、そのような状態になる方が増えているのか、どちらなんだろう?

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