第337話 真相はどこにある?

ニュースソースはテレビ神奈川。Yahoo Japanで見つけたニュース。


藤沢市内の病院で、当時2歳の男の子が死亡したのは、異変を知らせるアラームを無視した病院側のミスだったとして、男の子の両親が藤沢市を相手に損害賠償を求める訴えを神戸地裁に起こした、とのこと。


訴えでは、当時2歳11か月の男児は2020年11月、手足のけいれんで藤沢市民病院に入院。「複雑型熱性けいれん」との診断で、同院に入院したとのこと。入院翌日の午前8時過ぎに心肺停止状態で発見され、蘇生処置で一時自発呼吸も再開したが、その2日後に多臓器不全などで死亡したとのこと。


両親は、男児が死亡したのは、担当看護師が形態を義務付けられている院内PHSを携帯せず、異変を知らせるアラームを聞き逃したことが原因、などとして市民病院を設置する藤沢市に対して損害賠償を請求している、とのことである。


一方で、藤沢市民病院側は「訴状が届いていないのでコメントできない」としているそうである。


今、藤沢市民病院のHPを確認したが、この件については全く情報が上がっていないので、詳細は不明である。


まず、この亡くなられた男児のご冥福をお祈り申し上げる。


小児の疾患で「熱性けいれん」は頻度の高い疾患ではあるが、実は「熱性けいれん」という診断は除外診断(ほかにその病態を説明できる疾患がないときにつける疾患)であり、積極的に、このような所見、あるいはこのような検査データがあるので「熱性けいれん」と診断をつける、というものではない病名である。


小児期の子供さんは脳が未成熟なため、発熱に対する耐性が低い場合があり、高熱を発した場合に、発熱刺激によって、脳全体に不自然な電気信号が暴走し、全身性のけいれん発作を起こすのが「熱性けいれん」とされている。


一応、「単純性熱性けいれん」については、診断基準があり、1~6歳の年齢で、発熱から24時間以内の全身性のけいれんで、短時間でけいれん発作は停止し、けいれん発作終了後は比較的速やかに意識が改善し、麻痺などを残さず回復し、けいれん発作を来たす他の疾患がないものを「単純性熱性けいれん」と呼び、前述の条件を一つでも満たさないものを「複雑性熱性けいれん」と呼んでいる。また、脳炎、脳症、髄膜炎などは高熱とけいれんを来たすため、「有熱時のけいれん発作」では常に考慮しておくべき疾患である。また、「てんかん」についても有熱時に初発のけいれん発作を来たすことがあるため、これも鑑別診断に入れるべき疾患である。


ウダウダと書いてしまったが、「熱性けいれん」は、けいれんが落ち着き、発熱も落ち着いて、いわゆる「体調が戻った状態」になって初めて付けることができる病名である。


本症例では2歳11か月の男児で「複雑性熱性けいれん」との病名で入院しているので、典型的な熱性けいれんとは何かが異なっていたのだろう。それでなければ入院になったり、モニターでの管理は行なっていないはずである。


「看護師がアラームが鳴っていることに気づかず無視した」という事だが、いったいいつ頃アラームが鳴り、アラームは異常が正常化するまでなり続けるので、どれくらいの間アラームが鳴り続けていたのか、どれくらいの時間、気づかれなかったのか、という事も問題と思われる。


モニター管理となった場合は、基本的には心電図とSpO2モニターがつけられていると思われる。心電図モニターは、身体を動かすと大きく波形が乱れる(身体の筋肉の運動に伴い筋肉から発生する電気の影響、電極との接触の問題など)ので、大人の場合でも結構ピコピコと鳴ることが多い。SPO2モニタも同様に体を動かすことで一時的に測定できなくなり、ピコピコと鳴ることがある。このような、重症患者さんを複数受け入れる病棟であれば、24時間、ほとんど常にだれかのモニターから警告音が鳴っては止まり、鳴っては止まりとしていることがあり、つい対応が遅れることもありうる。


携帯すべき院内PHSを携帯し忘れていた、というのは完全な「ヒューマン・エラー」である。以前にも書いたように、「ヒューマン・エラー」を絶対にゼロにはできない。また、安全管理者は決して「ヒューマン・エラー」を個人の責任としてしまってはいけない。「安全システムは「ヒューマン・エラー」が起きることを前提に作らなければならない」。またその意味で、院内PHSを携帯し忘れていた看護師さんに責任を押し付けることも慎まなければならない。


患児は午前8時過ぎに心肺停止状態で発見された、とのことだが、本当に心肺停止状態となっていれば、モニターのアラームは鳴り続けていたはずである。誰かがアラーム停止のボタンを押しても、しばらくすると再度アラームが鳴りだすように機械が設定されているので、もしアラームが鳴らなくなっていたならば、なぜそうなったのかを調べなければならない。また、午前8時過ぎなら、日勤帯で働く人が誰か来ていたのではないか?あるいは医師の回診が始まっていたのではないか?とも疑問に思う。


急性期病院の朝は早い。藤沢市民病院は初期研修医も受け入れている病院のようなので、なおさらである。通常業務(外来や訪問診療など)が9時から始まるとして、重症患者さんを抱えているのであれば、通常業務が始まる前に、入院患者さんの評価を終えておきたいところである。研修医を抱えている所であれば、通常業務前に前日の入院患者さんに対して、簡単な病棟カンファレンスを行なうだろう。


これは完全な個人的経験だが、私が初期研修医として修業した病院では、小児科はAM7:20集合、と名目上はなっていた。「名目上」というのは、7:20に指導医が病棟に来棟し、入院中の各患者さんについて、前日までの病状、その日の朝の状態と、今後の検査、治療計画を研修医が発表する、という事が始まるのが「7:20」だったわけである。なので、それまでに入院中の患者さんの状態を回診し、把握し、方針を立てておく必要がある。実際は6:30頃には病院に到着し、着替えて回診(小児科病棟は患者さんは多くても10人程度だったので、3人の初期研修医がいたので、一人当たり3~4人程度の担当)し、カルテ記載をして、指導医が来るのを待ち構えている、という状態だった。


7:20から病棟で軽く入院患者さんのカンファレンス、小児科医として学ぶべきことなど指導が入り、8時ころから指導医を交えて再度回診。そのあと医局の朝礼に出席して、9時からは午前診の補助(採血業務など)に入る、という感じだった。夜は夜の診察終了後、だいたい一人、ないし二人入院となっていたので、外来終了後に病歴、再度身体診察を行ない、カルテを記載、入院当日がやはり一番重症なので、翌朝までの指示をきっちり作成して、帰途に就くのが22:30位(外来受付は20:00まで)だった。


おそらく大きな病院の小児科病棟では多かれ少なかれ、同様に動いているであろうから、心肺停止の時点で、当直医以外に小児科所属の医師がいなかった、というのもなんとなくスッキリしない。


「複雑性熱性けいれん」という事であれば、入院翌日の状態はすごく大きな情報を与えてくれるわけであるし、ある意味入院初日は「要注意患者さん」である。小児科病棟の受け入れ患者数やスタッフ数も重要な問題である。


「担当看護師さんが院内PHSを持ち忘れて、アラームが鳴っているのに気付かず、心肺停止になってしまった」というストーリーだけでなく、もう少し深く掘らなければならない問題がなかったのかどうか、「複雑性熱性けいれん」は先に述べたように除外診断、暫定病名なので、入院後にどのような治療アプローチを行なったのかも含め、考えていかなければならないのではないか、と思った次第である。


ただ、ただ、「入院している子供が『予期せぬ事態』で亡くなってしまった」というニュースを聞くと、心が痛む。医療サイド側に問題がなかった事例も聞いたことがあるし、医療サイド側に大きな問題があった、という事例も見聞している。ただただ、亡くなられたお子さんのご冥福をお祈り申し上げるとともに、ご両親の悲しみが、少しでも和らげれば、と思う。

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