第295話 ハードだった代打

金曜日は、私はdutyのない日だったのだが、今週は、金曜午前の外来担当のT先生が所用で遅れる、とのことで、T先生が出勤されるまでの間、代診を担当した。天気予報では、午前9時前から雪が降る、ということだった。確かに私の出勤した6時台後半は空に雲もまばらで、雪も雨も降っていなかったが、9時前に外来に降りると、窓からは静かに雪が降っているのが見えた。


雪が降ると、来院しづらくなるので患者さんの数は減るのだが、私のところに受診する患者さんは、一人一人がヘビーだった。


最初の患者さんは5日前から発熱が出現、お尻の左側が痛くてつらい、との主訴で受診された方だった。糖尿病で近くの内科で薬をもらっているらしい。「とりあえず熱が高いので、発熱外来で待ってもらっています」と看護師さんから伺った。カルテを見ると、3日前に発熱外来で一度私が診察していた。その時には発熱、咳、鼻汁を主訴に来院しており、COVID-19、インフルエンザA、Bとも抗原検査が陰性だったので、対症療法薬と解熱剤を処方し、帰宅してもらっていた。その時にはお尻のことは何もおっしゃっていなかったと記憶している。


とにかく診察に向かう。

「おはようございます。その後の調子はどうですか?お尻が痛くなった、と伺いましたが」

「おはようございます、先生、この2日ほどお尻がひどく痛むんです」

「わかりました。申し訳ありませんが、痛いところを見せてもらえませんか」

と伝え、患部を見せてもらう。


左の臀部内側に径10cmほどの発赤~暗赤色、強い熱感、疼痛を伴う硬結を認めた。硬結のために、肛門部の観察ができなかった(お尻の肉をかき分けて、ということができないほど硬くて痛い)。熱源はここで間違いない、と思った。鑑別診断として、臀部の蜂窩織炎、壊死性筋膜炎、熟していない皮下膿瘍、肛門周囲膿瘍の波及などが考えられた。血圧は異常高値で、頻拍も認め、ショックではないものの安定したバイタルサインとは言えなかった。若い男性でもあり、評価の上で必要あれば速やかに外科的介入のできる状態での管理が必要と判断した。


「お熱の原因はやはりお尻のところの病気だと思います。しっかり抗生剤を使っての治療が必要ですが、場合によっては緊急での外科的治療が必要と思われ、大きな病院での評価、治療が必要と考えます。すぐに大きな病院への転送の手続きをしますので、少し時間をください」と患者さんに伝え、いきなり緊急転院の段取りとなった。急いで紹介状を作成し、地域連携室に紹介状を持っていく。


「すみません。外来の患者さんですが、今から速やかに転院が必要な方です。近隣の高次医療機関を順に当たって、受け入れ病院を探し、転送をお願いします」


と依頼し、具体的には1番はH総合病院、2番目はA病院、3番目はD病院、と5つほど候補を出して、転院調整をお願いした。朝一番からのアクセル全開だった。


その後、パラパラとT先生の定期通院患者さんが、定期の薬希望で受診された。


「すみません、本日はT先生が所用で不在なんです。私が診察させてもらいます」と伝え、診察、投薬を行なった。


しばらくすると、看護師さんがまた厳しい顔をして相談に来られた。


「先生、ご相談なんですが、昨年の11月に、T先生が診察され、『3か月後をめどに受診してください』と説明されていた方が、今日来られているんです。先生、お願いできますか?」とのこと。カルテを見せてもらう。


何だ。10月に「健診結果異常」ということで私の外来を受診。CTなどの検査で「間質性肺炎」と診断し、T先生(呼吸器内科がご専門)にfollowをお願いした方だ。本日行うべき検査もすでにT先生が指示を出されている。


「あぁ、この方、初診は私でした。今日は私が診察しますよ」と看護師さんに伝え、各種検査の結果を待った。


血液検査で、間質性肺炎の指標となるKL-6は昨年のデータと著変なく、胸部CTも前回と大きな変化はなかった(UIP Patternが散在)。呼吸機能変化では間質性肺炎に特徴的な肺活量の低下(%VC 68%)を認めたが、喫煙などで引き起こされるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)で低下するFEV1.0%は予測値の90%と低下を認めず、フローボリュームカーブも、COPDに特徴的な下に凸の曲線ではなかった。診断としては間質性肺炎。CTのパターンからは特発性肺線維症(IPF)がやはり疑わしいが、病状は3か月で進行している印象ではなかった。


患者さんをを診察室に呼び込んでもらう。


「今日はT先生が所用で不在です。せっかく来ていただいて申し訳ありませんが、私が診察させてもらいます。最初に「健診異常」ということで私が診察しましたが、その後、体調でお変わりはないですか?」と問いかける。


「う~ん、せやなぁ。咳が出るのは多いな」

「動いたりしたときに、前と比べて息苦しい、とか、前よりも動ける量が減って、『何か年取ったなぁ』と感じたりはしませんか?」

「いや、そういうことはないわ」


なるほど、自覚症状は咳嗽だけで、呼吸苦や運動耐用能の低下はなさそうである。IPFとしてはほとんど進行していないようだ。


検査の結果を説明し、前回の検査と大きく変化がないことを説明した。


「間質性肺炎は、多くの場合進行していく疾患で、時期によって進行の速度も変化し、落ち着いている、と思っていたら突然ぐっと悪くなることもあります。咳がお困り、とのことなので、咳止めを2週間分処方します。2週間後にT先生の外来を受診していただいて、もう一度お話をしてください」と伝え、本日は帰宅してもらった。


ふ~っ、と一息ついたところ、次の患者さんがまた悩ましかった。T先生の外来に定期通院されている方で、90代の女性。今朝からめまい、ふらつきがあってあまり食欲がない、との主訴で来られていた。大体このような訴えの場合、ご家族は入院を希望されていることが多い。う~ん、困ったなぁ、と思いながら診察室に入って、お話を伺う。


お話の限りでは、身体の体勢を動かすたびにクルクル回る感じがするとのこと。しばらく同じ姿勢だとめまいは徐々に落ち着くが、身体を動かすと、またクルクルするとのことだった。身体診察、神経診察を行なうが、明らかな巣症状はなく、おそらくBPPVだろう。食欲もあり、重篤感もない。


「今、お身体を見せてもらいましたが、脳に大きなトラブルがあって起こるめまい、ということを指し示す所見はありません。念のため、血液検査と、心電図、頭のCTを確認させてください」


と伝え、検査に回ってもらった。心電図を確認するのは、高齢で「なんだかよく分からない体調不良」の時に「心筋梗塞」が隠れていた、ということがしばしばあるからである。もちろん血液検査についても、心筋梗塞も考慮に入れて指示を出した。


検査結果が出るまでの間に、健診で異常を指摘された方など、診察をこなしていく。そうこうして、診察時間の半分、10:30頃にT先生が戻ってこられた。


「先生、ありがとうございます。外来を引き継ぎますよ」

「T先生、ありがとうございます。先生のかかりつけの方で、めまい、体調不良を訴えて受診された方が検査に回っています。その他は、診察を待っている方もおられません。T先生のかかりつけの方なので、この方だけ引き継いでもらっていいですか?」とお願いした。


とりあえずこれで、代打終了。1時間半だったが、かなり濃い外来だった。朝一番からの転送はエネルギーを使う。本当に焦った。


外来から医局に戻り、自分の机につく。外は雪がしんしんと降っていた。

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