第200話 散髪と大掃除

私が子供のころ、散髪は恐怖だった。というのは、母が私の散髪をしていたからだ。


我が家の散髪道具は剃刀だけ。床に新聞紙を弾いて、椅子に座らされ、散髪屋さんで散髪前に首からかけられるビニール製の髪の毛除けはどうしていたのか覚えていないが、その状態で母が、私の髪の毛をひっつかんで、そのカミソリで引きちぎる(そう、「引きちぎる」というのがまさしく適切な表現だと思う)。なので、子供時代は私は散髪を「痛いもの」だと心の底から思っていた。事実、記憶もない小さなころからそのように髪を切られていればそう思うのも無理はないと思う。


今になっても不思議なのは、父も、同じように母の散髪を受けていたことだ。私が長じて、散髪の真実(単純に「散髪はいたくない」ということだが)を知った後も、父は同様に母に髪を切って(引きちぎって?)もらっていた。借金を作ることなく趣味でそれなりに競馬にお金をつぎ込んでいたようなので(具体的には分からないが)、散髪代がもったいなくてそうしていたのではないようにも思うのだが、本当のところは分からない。それはさておき、子供のころは「母の散髪は恐怖」でしかなかった。


私の記憶の中で、初めて「理髪店」に行ったのは小学3年生のころだった。同い年のいとこの家に泊まりで遊びに行ったときに、いとこが散髪するので、叔母さんに「ついでにどう?」と一緒に散髪屋さんに連れて行ってもらった。行先は駅前の「大衆理容」、確か一人980円だったと思う。「また痛い思いをするのか」とすごくおびえていたのだが、実際に散髪をしてもらうと驚いたことに「全く痛くない!」。「散髪は痛いものではない」という真実に触れて、私はとても感動したことを覚えている。今振り返ると、当たり前のことである。髪の毛を思いきり引っ張って、あまり切れない剃刀で髪の毛を切るんだか、引きちぎるんだか。痛くないわけがない。


そんなことで、叔母さんにいとこと一緒に連れて行ってもらった散髪屋さんで「痛くない散髪」を知った私は、それ以降母に髪を切ってもらうことはなくなった。



今日は年に2回の町内大掃除の日だった。本当は先週だったのだが、先週は雨でお流れとなっていた。先週はメンタルが非常に落ちていたので、「しんどかったら家族でやるから」と妻は気を使ってくれていたのだが、雨で延期になって助かった。今日はここ最近の腰痛で困ってはいたが、メンタル的にはそんなに落ちてはおらず、普段と同じように仕事をすることができた。


建売住宅を買った我が家だが、購入当時は、庭は一面芝生を植えてあった。もちろん新築で、芝も養生中ではあったのだが、「芝のある庭がいい」とわがままを言ったのは私だった。


本来、芝の庭はこまめな管理が必要なのだが、めんどくさがりの私はこまめに手入れをせず、結局芝はまだら状態になってしまった。自転車を止めている周囲はたくさんの人が足を入れるので、植物がすべてなくなり、裸の土が見えている。裏庭の方も植生が変わり、今は、苔が幅を利かせている。芝が残っているのは玄関の周囲、車を止めている周りくらいになってしまった。


本来、手入れの行き届いた芝は葉の長さが2.5cm程度なのだそうだが、我が家で残っている芝はずいぶん葉が延びてしまっている。しかも、車を止めているところはお隣さんとの境界線ギリギリ。そこに生えている芝もずいぶん伸びているのだが、車を動かさないと芝刈りができない状態だった。


そんなわけで今日は私は「芝刈りじいさん」。玄関周りや駐車場回りなどの芝を、2.5cmではないが、ボウボウの状態から少し短くした。長年の懸案であった、お隣さんとの境目にある芝、車を動かして芝を刈った。以前購入した小さな鎌を使い、伸びた芝をつかんで引っ張り、鎌で刈る(引きちぎる?)。一生懸命頑張ったので、ずいぶんすっきりした。徒然草の一節ではないが、「年頃思ひつること 果たしはべりぬ」という気分になった。


芝を刈っているとき、私は芝を引っ張って鎌で引きちぎるように刈っていた。その時にふっと、子供のころの散髪を思い出した。「母の散髪と、今俺がやっていること、全く一緒だよなぁ」と。


そんなわけで、子供のころの散髪を思い出した次第である。

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