第194話 経管栄養の接続部に関するモヤモヤ

11/22付の読売新聞 夕刊で胃ろう接続部についての記事が載っていた。読んでいると、「おや?おかしいなぁ?」と疑問に思うところがいくつかあった。当院でも私が入職してすぐのころに、「旧規格」から「新規格」に変更します。とのアナウンスがあり、規格変更の理由として、「静脈点滴路に誤接続を防ぐため」とのことだったが、その時点でも私は「なんで?」と思った。


というのは、ちょうど旧規格が普及したころは私が初期研修医になりたてのころで、私が医学生のころ、経管栄養液を点滴して死亡事故が起きたり、消毒液を注射用のシリンジで分注していて、それを誤って患者さんに注射して死亡事故が起きたり、ということが散発していた。少なくとも経管栄養液と、点滴用液の回路を別のものにしなければならない、ということで旧規格が策定されたはずだったからだ。旧規格の経管栄養の回路は明らかに静脈点滴用の回路には繋げない(静脈点滴用の回路より大きな接続部となっており、物理的に安定して繋げない)ものとなっていた。胃ろうやフィーディングチューブ(鼻腔を通して胃内に先端を留置し、経管栄養液を注入するチューブ)の回路と静脈点滴用の回路が完全に独立し、接続できなくなったことで、誤接続による事故はほとんどなくなった。


そのように理解して、20年近く医者をしていた(訪問診療の方には、胃ろうを介した経管栄養をしている方が少なくない)のだが、1,2年前に「新規格」が登場し、それまでの「旧規格」との互換性は全くなくなってしまった。


初めて「新規格」が導入されることを聞き、導入される理由が「点滴用回路との誤接続を防止するため」と説明されたときは、正直「はぁ???」と思ってしまった。


というのは「旧規格」もその目的で開発され、実際に「悪意をもってさんざん工夫をしなければ」静脈点滴回路に接続できない代物であった(単純な不注意(ヒューマンエラー)だけでは誤接続できない、ということ)。なので、「新規格」に変える理由が全くわからなかった。「新規格」の接続部や注入用のシリンジは、従前の旧規格のように明らかに一目見ただけで違いが分かる、というようにはなっておらず、注射用シリンジや注射用の接続部と色違いなだけでよく似ており(もちろん、点滴回路には繋げないのだが)、しかも接続部が細いため、注入にかかる抵抗が大きくなってしまう。目測だが、新規格の接続部の直径は5mm程度、旧規格だと12㎜程度なので、抵抗は2倍になってしまう。


個人的には「旧規格」のほうが出来が良い、と思うのに、なぜ同じ理由で「新規格」が登場したのか、「旧規格」の何が問題だったのか、さっぱり理解できなかった。


夕刊の記事を読んでみても、私には腑に落ちなかった。このことが記事になったのは、おそらく「旧規格」の流通が今月末まで、ということになっていたからだろう。介護側からの反論によって、当面は旧規格、新規格の併用が厚生労働省から認められた、ということで記事になったのだろう。


ただ、記事を見ても、記事についているイラストでは国(厚生労働省)側が「旧規格はほかの輸液ラインと誤接続する可能性がある」と語っており、介護側は「ねじる動作が加わり、負担が増える」「接続部の構造が複雑で、洗い残しが増える」と語っており、どうも本質をついていないように思えた(構造が複雑で、洗い残しが増える、というのは確かだが、旧規格でもしっかり接続すれば、外すときにひねりながら外すことになるので、「ねじる動作が加わり、負担が増える」というのは腑に落ちない)。


そんなわけで、ネットでいろいろと調べてみた。調べてみて、ようやくすっきりした。


「旧規格」が制定されたのは2000年とのこと。私が医師になったのが2004年なので、ちょうど時期的には同じころである。「旧規格」が制定された理由は「静脈点滴回路への誤接続をなくすため」という理由で、確かにその目的にかなうように経管栄養用の回路と静脈点滴用の回路は、使うシリンジや接続部の大きさまで変えており、誤って経管栄養の回路が静脈点滴回路につながることはないように工夫されていた。ただし、これは日本国内だけの話だったとのこと。西欧諸国に比較して、経管栄養を受けている方は多いので、そういう人に配慮された工夫がなされている。


そこで日本独自の経管栄養技術の発展がみられた。例えば、液体の栄養製剤を使うと下痢をする人が多い。なので、液体の栄養製剤しかなかったころは、下痢をする人は寒天を使って少し栄養製剤を固め、ドロッと崩れるような硬さにして注入する、ということをしていた。また、食材をミキサーにかけて、ミキサー食として注入する人もおられるそうだ。「旧規格」は管径が静脈点滴回路より太いので、そのような形態のものでも比較的スムーズに注入することができた。しばらくして、栄養製剤も「半固形化製剤」という、先ほどの寒天でドロッとした硬さの製剤ができたので、わざわざ家で寒天で作らなくてもよくなった。


そういった形で日本で普及していた「旧規格」だが、世界では経管栄養のニーズが低く、栄養製剤も液体のものしかなかった。そして2018年に国際会議があり、ここで、世界的に「誤接続」の問題が取り上げられ、誤接続を防ぐため、6種類の接続システムが提案されたようである。この中に、経管栄養の接続システムも含まれていた。これが「新規格」である。


「新規格」が世界標準であるため、日本もそれに対応しなければならない、ということで、ちょうど私が今の職場にきた2019年ころから新規格に置き換わっていった、ということである。


ようやく腑に落ちたし、私の記憶とも合致した。先に述べたように、誤接続の問題に対して日本が対応したのは2000年ころなので、ちょうど私が研修医になるころに「旧規格」が一般化したのである。「旧規格」が「誤接続防止」の目的で開発されたのも記憶の通りであった。


「新規格」は決して「旧規格」より誤接続が減る、というわけではなく、ただ、経管栄養回路の接続について国際規格(新規格)ができたので、「単に」世界標準に合わせる、というだけのことだったわけである。


変に「誤接続防止」などというから、私みたいに中途半端な知識の者が混乱したわけである。「新規格」は管径がおそらく半分以下になっているので、かけなければならない圧力は2倍となる。高齢の方や、介護を主に担う女性の方には大変な力仕事となる。おそらく、誤接続のリスクについては「旧規格」「新規格」とも大差なく、注入の負担は「新規格」のほうが大きくなるので、厚生労働省は旧規格→新規格への移行期間を延ばしたのだろう。


あ~、スッキリした。なるほど、ようやく経緯を理解した気分である。


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