第186話 とても残念な報告。

私が訪問診療をしていた70代の男性。野球が好きで、訪問診療に伺うと、シーズン中であればいつもメジャーリーグの試合を見ておられた。基礎疾患はパーキンソン病と亀背(円背)、廃用症候群。


私とのかかわりは、2年以上前だろうか?一時期、パーキンソン病の進行で経口摂取ができなくなったため、胃ろうを造設されたが、経口摂取できるようになったこと、胃ろうの瘻孔部分が引きつれておなかの痛みが続くので、胃ろうを抜去してほしい、とのことで入院され、その時の主治医が私だった。


丁寧に粘膜上皮と皮膚を縫合して作る「永久孔」でなければ、気管切開孔であれ、胃ろうであれ、数日間で閉じてしまう。なので、一般的には、ぬけてほしくない瘻孔チューブが抜けた、という事で対応することが多いのだが、今回は逆パターンだった。

胃瘻チューブを抜去し、2,3日でほぼ瘻孔は閉塞し、退院となった。おそらく皮膚の一部が瘻孔内に進展し、自然に粘膜上皮と皮膚がくっついている部分があったのだろう、1~2mm程度のごくわずかな瘻孔が残ってしまい、胃内容物がわずかながら漏れ、時に胃酸で皮膚が荒れたりもしたが、ご本人が「まぁ、これくらいならいいよ、胃ろうがなくなって痛みが取れたのが助かる」と言ってくださり、その後、訪問診療を2年ほど続けていた。患者さんは穏やかに、先ほど述べたとおり、好きな野球を見たりして過ごされていた。奥様も明るい方で、毎回笑いのある明るい訪問診療だった。


COVID-19 第7波も落ち着きつつある頃、患者さんがCOVID-19に罹患した、との報告を受けた。酸素の状態も不安定で、専門病院に入院された、とのことだった。Parkinson病はCOVID-19重症化のリスクには含まれていないのだが、やはりCOVID-19、油断できない病気だなぁ、と再認識した。


患者さんのCOVID-19は、治療によって改善、酸素化も良好になったが、残念なことにまた経口摂取ができなくなったそうだ。ご本人が胃瘻を希望されれば、残存する小さな瘻孔からガイドワイヤを挿入し、透視下で皮膚を切開し瘻孔を拡大し、新たに胃瘻チューブを挿入することは難しくなかったであろう。しかし、患者さんは胃瘻を希望されなかったそうだ。


ご本人、ご家族と、入院先の病院の主治医で話をし、PICCカテーテル(ひじの静脈など、末梢静脈から心臓近くの中心静脈に挿入するカテーテル)を挿入し、TPN(Total Parenteral Nutrition:全栄養を中心静脈から投与する形での栄養投与、高カロリー輸液と呼ばれることもある)をされることを選択された、と伺った。


1か月半ほどしたころか、状態が安定すれば、当院で受け入れは可能か、との問い合わせが病診連携室にあった。もちろんこれまでの経緯があるので、「私を主治医として、受け入れ可です」と相手先に返答していた。


こちらも受け入れの準備(入院書類の準備、私の心の準備)をしていたが、そろそろ転院日、という頃、向こうの病院から「PICCカテーテル感染を起こし、カテーテルを抜去したこと、いったん転院を見合わせ、再調整をしたい」と連絡を受けた。これはしょうがない。調子が戻られることを待つこととした。


それから3週間ほどしたころだろうか?また相手先から連絡があり、「横のベッドに入院されていた方が結核と診断された。受け入れはどうだろうか」とのことだった。ある程度の年齢の方はおそらくほとんどの方が結核に暴露されており、体内に結核菌が潜んでいる。ただし、その状態でも発症する方は限られており、また、発症しても症状が出るまでには、ある程度の時間もかかる(大腸菌などの一般細菌は20分で1回分裂するが、結核菌は24時間に1回の分裂、という速度)。こちらに転院されたとして、どのようにして管理するのかは主治医の一存では判断できない。転院が許可されない可能性もありうる。仮に転院されたとしても少なくとも半年間は潜在性結核としての治療が必要と思われ、経口摂取できなければ少し悩ましい(治療は内服薬(INH)を半年服用する)。

かといって受け入れを断る、という選択肢は私の中にはなかった。なので、「転院の可否については保健所の指示を仰いでください。当院に転院された場合も、保健所の指示に従って管理します。主治医の一存で決定できないことなので、まず保健所に確認してください」と伝えた。


それからしばらくは連絡が来ず、「潜在性結核」としての治療を終えてから転院の話があるのかなぁ、と思っていた。


先ほど、地域連携室から「『患者さんが亡くなられた』との連絡がありました」との報告を受けた。カンジダ血症を発症されていたとのことだった。おそらくPICCカテーテル、あるいはCVカテーテルに関連するカテーテル関連血流感染症としてのカンジダ血症だったのだろう。


再度胃ろうを選択していたら、亡くなることはなかったのかもしれない。しかし、ご本人の希望で胃ろうではなく、TPNを選択されたとのことである。個々の選択すべてを含めて、天から与えられた寿命を全うされたのだろう。COVID-19を発症しなかったら、このようなことにもならなかっただろう。こればかりは如何ともしがたい。


ただただ、残念である。心からご冥福を祈っている。

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