第164話 オムレツころりんすっとんとん(泣)

平日の朝食はトースト1枚だが、休日は「自分へのご褒美」として、トースト2枚とオムレツが私の朝食である。もちろん、朝食は自分で用意している。


私がオムレツを作るようになったのは、なんてことはない。たまたまYouTubeでオムレツ作りの動画を見たからである。


私の料理のレパートリーの中で家族に好評なものの一つに「オムライス」があるのだが、残念なことに、私の技術不足でチキンライスを卵で包むことができない。子供たちも結構たくさん食べるので、お皿にそれなりの量のチキンライスを乗せ、その上から薄焼き卵をのせて「オムライス」としていた。何かの機会に、洋食屋さんの「オムライスの作り方」を見ることがあり、お皿に乗せたチキンライスの上に半熟のオムレツを乗せ、ナイフをオムレツに入れると半熟のオムレツが花のように開き、半熟卵のおいしそうなオムライスができていた。「これだ!」と思っていたのだが、その後私の体調不良その他で、家族にオムライスをふるまう機会はないのだが、「あのようなフワトロオムレツ作りたいなぁ」と思い続けていた。


3か月ほど前にたまたまYouTubeをザッピングしていたら、いくつかのオムレツ、オムライスづくりの動画にヒットした。オムライスの動画はまさしくあの花開くオムライスのものと、オムレツの作成途中で、真ん中をつかみ、ゆっくりひねりながら引き上げていく「半熟山型たまご」のオムライス動画だった。さすがに普通のオムレツを作れない人間が「半熟山型たまご」を作るのは無理である。まず、基本のオムレツを作る動画を見た。


調理師専門学校では、きちんとしたオムレツが作れるかどうか、という実技試験があるほど基礎となるオムレツの作り方。動画ではきっちりとポイントを押さえて解説してくれていた。まず必要なのは、手ごろなサイズの焦げ付かないフライパン。本職の方が作成した動画なので、しっかり手入れをされていた鉄製のフライパンが使われていたが、これは我が家にもあるテフロン加工の小ぶりなフライパンで十分そうだ。動画では卵をしっかり攪拌して、目の細かい金網で濾すのだが、自分が食べる分なので、白身がある程度細かく混ざっていれば良しとした(洗い物が増えると面倒)。あとは温度調節と卵液のフライパンでの攪拌、加熱の仕方と「とんとんクルリ」のポイントを説明していた。


動画を見たからすぐにうまく作れる、というわけではないが、そんなわけで動画をヒントにある程度自分のスタイルも取り入れながら、オムレツ作りの練習も兼ねて、朝のオムレツを作っていた。


今朝も同様にオムレツを作った。いつもの手順で生卵二つと牛乳少々、塩コショウと粉末ガーリック(これは私の好み)を適当に。しっかり攪拌し、フライパンに油をひき、適温になるまで少し待った後いつものように卵液をフライパンに流し込み、オムレツを作り始めた。ただ今日、これまでと違うのは、洗い物を減らす目的で、オムレツをひっくり返すときに使っていたプラスティック製のコテ(お好み焼きをひっくり返すときに使うアレです)を使わず、初めてお箸とフライパンの動きだけでオムレツをひっくり返すことに挑戦したことだった。


最初のところはいつも通り、スムーズにいった。オムレツに焦げ目もつかず、いい感じでひっくり返せそうな感じにまとまった。オムレツをひっくり返すのは、野菜炒めやチャーハンをフライパンであおるのとは異なり、オムレツを「パタン」と倒すような感じでフライパンを動かすのがコツだそうな。これまでもコテを使いながら「パタン」をイメージしひっくり返していた。今回はお箸でそれをする。緊張と気合を入れながらオムレツをひっくり返す。「パタン」。一回目はうまくできた。ただ、オムレツをひっくり返すとフライパンの端の方にオムレツが偏ってしまうので、オムレツをフライパンの中央部(火が通りやすいから)に寄せてあげなくてはならない。これまでは「コテ」だったので、「面」でオムレツを移動させていた。なのでオムレツの型崩れがなかったのだが、これをお箸に変えると、どうしても「点」で移動させることになる。オムレツの内部は半熟で、プルンプルンしている以上、箸を使うと、思わぬところでオムレツが裂けてしまう。慎重に真ん中にオムレツを移動しながら、「やっぱり次はコテを使おう」と考えを改めた。そんなこんなで、オムレツを中央部に寄せ、オムレツの接合部(というのか?円形のものを丸めているので、円周部にあたるところをくっつけてあげないといけない)を10秒ほど加熱し、オムレツの形に成形した。あとはもう一度「パタン」として、お皿に乗せて完成である。もう一度オムレツの位置を少し移動させ、箸とフライパンの動きで「パタン」とひっくり返そうとした。この時に不幸が起きた。力の入れ方がまずかったのか、本来は「パタン」とひっくり返るはずが、着地地点がずれ、フライパンの外側、私の手の上にオムレツが飛んできた。もちろんそこにはオムレツをキャッチできるスペースなどあるわけがない。


「熱―!」と思ったと同時に、オムレツは私の手の上と床に落っこちてしまった。もちろん柔らかいオムレツはバラバラである。


昔話の「おむすびころりん」なら、地面に落ちたおにぎりが転がって、ネズミの巣穴に落ち、「おむすびころりんスットントン」という声が聞こえるはずであるが、現実はそうではない。半熟になっている分、生卵を落とすよりはましではあるが、床とコンロ周りには崩れてしまったオムレツが…。


床やコンロを掃除しながら、少しみじめな気分になった。最初からいつも通りコテも使っていればよかった。とはいえ、新しいことを始めるには、失敗はつきものである。少しガーリックのいい匂いがしているが、今日のオムレツは「無し」である。今日はオムレツの代わりに牛乳を飲むことにしよう。

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