第145話 時代はそれを許さなくなったのか??

ちょうど私が研修医として修業をしていたころ、急性期病院の診療報酬制度は出来高払いからDPC(Diagnosis Prosedure Combination:診断群別定額払い方式)へと診療報酬制度が移行した。と同時に、急性期病院での平均在院日数への締め付けも厳しくなった。DPCでは、入院の原因となった疾患名に対して、定められた点数があり、入院期間の短長にかかわらず、それは一定、という制度である。病名に対して診療報酬が固定化されているので、入院が長くなったり、他の疾患で他科に受診しても、その医療費は支払われない、という制度である。私の修業した病院で、私の修業時代は、入院期間をいたずらに長くすることは指導が入ったが、他疾患に伴う他科への対診については「患者さんが困っているのであれば、これまで通り躊躇しなくてよい」との方針だった。


DPC制度は、基本的には「医療費抑制政策」の一環と考えて良かろうと思われる。病院にとっては、入院の原因となった疾患を治療し、安定化させ、速やかに退院させるのが病院の収益を上げるうえで最も大切なことであると同時に、急性期で状態の悪い患者さんを安定化させて次のところに移ってもらわないと、新たな救急患者を受け入れできないわけである。新たな救急患者さんを受け入れできなければ、地域の医療が破綻してしまうわけで、良きにつけ、悪しきにつけ、急性期病院での入院は長期にならないようにする必要がある。


急性期病院で治療を受け、入院の原因となった疾患が落ち着いた後を引き継ぐ施設の一つが、私たちのような亜急性期~慢性期の病棟であるが、私の修業時代と変わったなぁ、と感じることは、急性期病院ではDPCの疾患以外のことは、「本当に」何もしないのだなぁ、ということである。


例えば、神経変性疾患をベースに持つ方の誤嚥性肺炎。私の修業時代は、神経変性疾患の性質上、今後も誤嚥を繰り返すこと、経口摂取ができなくなってくることをお話しし、経口摂取ができなくなった時の栄養をどうするか、ということまで病状説明時にお話しし、ご家族の希望と、私たちの診たてが一致すれば、若干入院期間が延びるが、胃ろうを造設して退院調整を行っていた。DPCでは、手術にかかる費用は出来高となっているので、胃瘻造設についてはその手術について診療報酬を請求できる。胃瘻造設は総合内科が行っていたので、脳神経外科からも多数の院内紹介を受け、胃瘻造設を行なっていた。


胃瘻を造設することの意味は、その立場によっていろいろと変わってくるが、第三者の目からは、「無意味な胃瘻造設」のように見えても、ご家族にとっては「価値のある胃瘻造設」ということも少なくはなく、その適応を厳密化することは難しい。これはまた別の機会に。


閑話休題。当院への転院依頼については、各曜日、手の空く医師がいたときに、地域連携室から受け入れの可否についての医師の判断を、ということで判断に呼ばれるのだが、私が呼ばれ、確認する紹介状を見ていると、「とりあえず、急性の状態は落ち着きました。あとはよろしく」状態で送られてくるものが多い。神経変性疾患をお持ちの方で、嚥下機能もずいぶん低下した状態で誤嚥性肺炎を起こし、入院し、肺炎の治療を行い解熱したものの経口摂取ができなくなり、経鼻胃管を挿入して経管栄養を開始、ご自身で経鼻胃管を抜くので、両手の抑制をしています、という紹介状はよくあるパターンの一つである。「いや、この病気が分かった時点で、経口摂取がいつかできなくなること、誤嚥性肺炎を繰り返すことは分かってたことやんか?かかりつけの医師や、紹介元の医師はそのことについて、家族になんて説明していたの?何も言ってないの?」と思うことたびたびである。先日確認した紹介状には「心肺停止時の蘇生処置希望、しかし本人の苦痛を伴う処置は拒否」と書いてあり、ひっくり返りそうになった。紹介状を書いている医師、「蘇生処置」ってどんなものかわかっているのだろうか?と不安になった。


心肺停止時の心肺蘇生処置、基本は心臓マッサージ、それに加えて薬物投与と人工呼吸が行われるが、心肺蘇生術の継続については30分が一つの目安となる。針金を数回、曲げたり伸ばしたりすると金属疲労で折れてしまうが、肋骨も同様である。若年の方でも、30分心臓マッサージをすれば、複数の肋骨骨折は免れない。高齢者であればなおさらである。外部から心臓の圧迫と弛緩を繰り返し、脳循環を維持することが心臓マッサージの目的であり、それを達成するためには肋骨の骨折を厭わない。なので、心臓マッサージそのものが苦痛を与える処置である。仮に心拍再開したとして、呼吸補助には気管内挿管が必要であるが、当然これも大きな苦痛を伴う処置である。「本人の苦痛を伴わない蘇生処置」って何?と、こちらが教えてほしいものだ。


研修医時代私たちがしていたように、患者さんの短期的見通し、中長期的な見通しと、行うかどうするか、ご家族の判断を必要とする処置についての説明、今は急性期病院ではしないのだろうか?それは時代の流れなのだろうか?


ご家族にとっても「心の準備」って必要だと思うのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る