第144話 決戦は金曜日、じゃなくて土曜日

私が高校生~大学生になりたての頃、いわゆるバブル期~バブル崩壊直後の時期だったが、今でも活躍しているDreams Come Trueの「決戦は金曜日」という曲が流行していたことを覚えている。当時は「花の金曜日」とも言われていたころだったが、片思いばかりでモテない君だった私には縁遠い曲であった。


さて、今の私の中で、一番緊張を強いられているのは、繰り返し書いているが「土曜日」である。特に、午前の外来担当医が私一人の時のストレスは強い。カルテはどんどんたまっていく、診察は進まない、時には「ぎゃーっ!えらいこっちゃ!」と心で叫びながら大急ぎで急性期病院へ転送しなければならないことも珍しくない。なぜだろうか、研修医時代から今まで、私の外来はいわゆる「よく当たりを引く」外来となる。


昨日の土曜日も一筋縄ではいかなかった。定期受診の方、健診で来られた方、急性の症状で受診された方、バラエティに富んでいた。


研修医時代に指導を受けた循環器内科の先生、外来カルテを見てもほとんど何も書いていないのだが、予定の心カテ入院(その頃はまだ冠動脈CTは開発されていなかった)の患者さんの事前カンファレンスでは、各患者さんごとにこれまでの経過、併存症、前回のカテで行った処置とその部位など、たくさんの情報が先生の口から出るわ出るわ、という記憶力のある先生だった。


それほどの記憶力のある先生なら、カルテを書かなくても何とかなるのかもしれないが、私はそんな超人ではない。カルテにきっちり書いておかないと、前回どんな話をしたのか、何を考えて処方をしたのか覚えきれないし、ほとんど覚えていないので、状態の安定している患者さんであっても結構な量のカルテを書いている。

患者さんが言った何気ない一言が、振り返ると重要な意味を持っていたり、患者さんとのやり取りから、患者さんがどのようなことを考えていたり、ということがわかること、また、その時の診察で私が何を考えたのか、次に来院されたときに何をするか(例えば血液検査など)、それを患者さんに伝えたのか、などを書いているので、カルテを書くのに時間がかかる。


私の基本姿勢として、「患者さんと対面しているときは、基本的にはカルテを書かない」としていること、そして、患者さんの話をできるだけ聴くことに気を使っているので、どうしても時間がかかってしまう。もちろんそれだけでなく、「高血圧」「糖尿病」「気管支喘息」など、管理指導料を取っている疾患については「指導内容を詳細にカルテに記載しなければならない」とされているので、その点でも診察時間は長くなる。


外来診察を二人で担当していれば、「早く診察を済ませて、さっさと薬をもらって帰りたい」と思っている人は「待ち時間の短そうな医師」を選んで診察を受けられるが、私一人しか外来をしていないと、選択肢がなくなってしまう。それに、二人で分業していたことを一人でこなさなければならないので、必然的に待ち時間が長くなる。


こちら側も、患者さんを待たせてしまっていることについては大変申し訳なく思っていると同時に、大変ストレスでもある。しかし、行うべきことを手抜きするわけにもいかない。


内科外来の診察の平均時間は一人当たり6~8分、という話も聞いたことがあり、また、「総合内科外来では、3時間で25人の患者さんを診察できて一人前」という話を聞いたこともある。計算すれば、どちらもほぼ同じ数字あたりに落ち着くだろう。私の外来でも、ほとんどの患者さんは一人当たり6~8分の枠に入るのだが、そううまくはいかない患者さんもおられるのである。


そんなわけで、頑張って午前の診察を行なった。1か月前に「食べ物がのどに使える」と言ってこられた方。食道がんの高リスクの方なので、前回受診時に上部消化管内視鏡検査を予約、その数日後に内視鏡を受けられ、肉眼的には悪性所見ははっきりしなかったものの、組織検査で「Group 5 adenocarcinoma」が返ってきていたようだ。看護師さんがすぐに患者さんに連絡し受診を促し、「10月10日前後に行く」という返事をもらっていた方がひと月近くたって受診された。この人は大急ぎで大学病院 消化器内科に精査加療目的の紹介状を作成、地域医療部に予約を取ってもらうよう依頼した。


健康診断の方も、土曜日のためか結構来院される。当院の紙カルテは。自費診療(健診やワクチンなど)は緑の2号用紙(カルテを記載するための用紙)に、保険診療は白の2号用紙に記載することとなっているのだが、緑のカルテを見ると、多くの先生がほとんどカルテを記載していない。しかし、診断書を作成しても、診断書そのもののコピーがカルテには残っていないので、どのような結果だったのかがわからない、ということを今の職場に来てから何度か経験した。

なので、私の外来では、自費診療のカルテもある程度きっちり書いている。市が行っている特定健診では、既往歴、自覚症状、身体所見、胸部レントゲン、心電図の所見(血液検査は外注なので書けない)を書くようにしており、胸部レントゲン、心電図については過去のデータがあれば必ず比較をしている。そして、患者さんを問診、診察し、レントゲン、心電図の結果を説明し、健診用紙、カルテ、そして依頼があれば診断書(職場によっては業務歴、喫煙歴、服薬歴なども要求されるので、それも確認する)も書くので、健診の患者さんが結構時間がかかるのである。


健診異常で精密検査、ということで受診される方もおられる。実は、健診結果で「異常」とするラインと「医学的な定義」として「疾患」と判断するラインに乖離があるものが多く、これは説明に時間を取られる。例えば、糖尿病であれば、糖尿病の定義は「空腹時血統126mg/dl以上、あるいは随時血糖 200mg/dl、あるいはHbA1C 6.5%以上を「糖尿病型」と定義し、2回の検査で「糖尿病型」(ただしHbA1c 6.5%以上は含まない)を呈したものを「糖尿病」と診断する。また、一度の検査で「糖尿病型」となっており、糖尿病特有の合併症を有する者は一度の検査で「糖尿病」と診断する」となっているが、健診での定義は「血糖 110以上またはHbA1c 5.5%以上」なら「糖尿病」とされてしまう。脂質異常症はさらにややこしい。こういったことで受診される方については、明らかに治療を要する場合は別として、疾患の定義から説明して、脂質異常症であれば吹田スコアを計算して、「食事制限をしましょう」「現状では今のままでよいです」などとお話しするのに時間を取られる。もちろんカルテに記載する内容も増えてしまう。


1名、火曜日の時間外担当の先生から引継ぎのあった方で、肝機能異常と頸部リンパ節腫大を呈していた方が土曜日に来られる、と聞いていた。その方は予定通りに来院された。咽頭の診察では両側の扁桃が腫大し、白苔が多量に付着、複数の頸部リンパ節腫大を触れ、血液検査では院内緊急項目では火曜日と著変のない状態であった。ご本人に調子を聞くと、「しんどさは変わらず、微熱と吐き気が続いている、とのことだった。火曜日に提出されていたCMV―IgMが陽性であり、CMVによる伝染性単核症と診断した。食欲もなく、外観もsickな印象だったため、入院を勧めたが「もうしばらく様子を見ます」とのことだった。脾破裂のリスクについて説明。接触するスポーツは2か月間、ランニングなどのスポーツも1か月程度は止めていただくよう伝えて、経過観察とした。

そんなこんなで、紹介状を2通作成し、35人の診察を午前中で行なった。平日は60人近く受診されるので、患者さんは少な目ではあるが、結構ハードだった。


午後はインフルエンザワクチンの接種を担当した。医療安全委員会から、「少ない人数しかワクチン外来に人員を割くことができないので、本年一杯は当院はインフルエンザワクチンの接種のみとする」とされたので、インフルエンザワクチンの接種を行った。これも体調を聞いて、胸部聴診をして、その所見とワクチンの種類(インフルエンザワクチン)、接種量、接種方法(皮下注射)をカルテに記載し、ロットのシールを問診表とカルテに書くと、それなりに時間がかかる。そんなわけで50人を2時間で接種した。


そんなわけで、土曜日はいつもマシーンになった気分で働いている。

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