第142話 初期研修医時代の勤務時間と給料の思い出

私は、初期臨床研修必修化の一期生に当たる。私たちのころから、医学教育、初期研修については様々な変化があり、医学部入学時には全く想像もしていなかった事態になっていたことを覚えている。だいたい「一期生」というのは、とりあえず実践してみて、制度の不備を明らかにするために存在しているようなもので、例えば、国家試験については私たちの翌年から2月に国試、3月下旬に合格発表があり、4月から研修開始となったのだが、私たちの学年までは3月に国試、4月に合格発表があり、5月から研修開始となっていた。初期研修は2年間と決定されているが、実は私たちの学年だけは、本当は1か月足りないわけである(4週間を「1か月」とみなすことで計算上は1年時に12か月研修を受けたことになっている)。


初期研修必修化となり、私たちの年度からありがたいことに給料の目安が提示された。それまでは、大学での研修では明確に「給料」という形で賃金が支払われることはなく、アルバイトで生計を立てていたのである。ただし、「給料」を支払われる代わりに「アルバイト」はできなくなった。それは、今回の本題から外れているので、話を戻すことにする。


労働基準法の改定で、医師の労働時間も規定されたが、私のころは労働時間の規定はなかった。アメリカの研修医は週80時間と規定されていて、それに違反した病院は研修病院の指定を外される、という厳しい罰則があった。ただし、研修医を終えてしまうとその規定が外れてしまうので、研修医を終えた医師が疲弊していたようではある。


私は古くから初期研修医を受け入れていた市中病院で初期研修、後期研修を受けた。一応、研修委員長からは、当直明けは午前中でかえって良い、と言われていたがなかなかそういうわけにはいかない。さらに、3~4日に1回、当直業務が回ってくる。(一番きつかったのは後期研修医時代だったが、5月の1,3,5,8日に当直が入っていたことがあった。5/3と5/5は祝日なので24時間当直、他の日も日中は通常勤務、当直明けも平日なら通常勤務だったので、5/8の当直は死ぬかと思うほどしんどかった記憶がある)。病院グループとして、研修医を育てる最も大事な場所が「ER」と考えており、6年間の在籍中は3~5日に1度はER当直を行なっていた。救急部のボスは平日の日勤帯にしかおらず、私がいた時代は、ボスのいない時間帯は初期研修医、後期研修医だけ、という体制で年間6000台以上の救急車と、延べ2万人/年のwalk inの患者さんを受け入れていた。確かに、ERでの研修は私の力になったと思っている。


私の初期研修医のころ、給料としては「約30万円程度」と国から指針が出されており、実際に給料もその程度であった。初期研修医1年目は仕事をしているのだか、トレーニングを受けているのだかわからない(まさしく on the job training)時期ではあるが、一応労働時間を給料で割ると、当時のマクドナルドのアルバイトの時給を少し下回るくらいであった。


多分今なら、最低賃金に引っかかるのではないか?と思う金額であったが、きっちりと給料をもらえたことは、学生結婚をした私にとってはありがたかった。また、研修医は「レジデント」と呼ばれているが「レジデント」とは元々「住人」という意味であり、ほとんどの時間を病院で過ごしているので、独身の同期たちはお金を使う暇もない。同期の一人が4か月ほど給料口座の記帳をしていなかったようで、久しぶりに記帳+お金を下ろしに行ったら、学生時代には見たことのないような数字が並んでてびっくりした、と言っていたことも覚えている(朝は医局で朝食が用意され、昼は職員食堂(名簿にチェックし給料天引き)、当直の日は夜もお弁当が用意されていて、3食すべて職場でまかなえてしまう。本当にお金を使う暇がなかった)。


諸先輩方に比べると、ある程度規制が厳しくなり、しっかり給料も払われるようになった初期研修必修化であったが、その制度とは別で、自分の医師としての技量を上げようとすれば、どれだけ現場で経験したか、というのが効いてくるので、特に1年目はシャカリキになって仕事をしていたように思う。年次の低い研修医であるほど、「仕事」と「勉強」の境界線はあいまいになってしまうので、医師の総労働時間の制限をかけるのは、微妙なところだ、と思わなくもない。その一方で、過労死してしまう医師もいるので、ある程度の制限は必要だ、とも思う。微妙なところである。

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