第138話 「紹介状」は設備のない医療機関からの「HELP」なんやけど…

最近、私の外来に通院されているご年配の方。以前から「舌が痛い」とおっしゃられていた。症状は数年来続いていて、私の前の主治医、前の前の主治医のころから訴えは続いているようである。


「口のことやったら、歯科口腔外科かなぁ、という事で、大学病院に紹介状を書いてもらったんだけど、あまりしっかり見てもらえずに「問題ない」と言って終わってしまった」とおっしゃられていた。古くからのスタッフに聞くと、「あの人、昔からベロが痛い、と言って、あちこちかかっていたけど、どこに行っても、問題ないですと言われてましたよ」とのことだった。確かに診察をするが、口腔内も舌も問題はない。それでも「舌が痛い」という訴えがあることには違いない。常にびりびりするような痛みが走っている、とのことだった。患者さんは、どこか大きい病院でしっかり診てもらいたい、と希望されていた。


以前の紹介状は、結構古いのだろう。今の紙カルテには挟まっていなかった。歯科口腔外科で「問題ない」と言われている以上、そこには紹介しにくい。顔面の問題、神経圧迫など外科的な要素も勘案するのであれば、耳鼻咽喉科・頭頚部外科が主科になるのだろう、と考え、前回の受診時に、大学病院の耳鼻咽喉科・頭頚部外科宛てに紹介状を作成し、受診してもらう手はずを整えた。


本日、患者さんが大学病院の返信を持参して再診された。患者さんはそれなりに怒っておられて、「先生、聞いてぇな!大学まで、タクシーで結構お金を払っていって、ずいぶん向こうでも待たされたんやけど、向こうの先生、私の口の中も診ず、何の検査もせず『大丈夫です、元の先生に手紙を書いておきます』とだけ言うて、診察おしまいや。何のために大変な思いをしていったのか、意味わからへんわ」とのこと。「そらぁ、腹立ちますねぇ」と応える。「ほんまやでぇ!」とのこと。患者さんはそれまで、口内炎用のステロイド軟こうを使用しておられ、それだけが足りないので、追加処方を希望され、追加処方。「先生みたいに、ちょっとでも診てくれたら、それだけで『あぁ、診てもろたなぁ』という気になるのに」と言って帰って行かれた。


紹介状には、「舌の痛みが続いているので、精査をお願いしたい」と書いたのだが、返信には「悪性腫瘍は否定的でした」とのこと。いや、紹介状を書く前に、視診と触診をして、腫瘍性病変がないのはこちらでも診ているし、紹介状にも書いた。「噛み合っていないよなぁ」というのが私の感想だった。


私は卒業後すぐに市中病院で初期研修、後期研修を受け、そのあとも、ずっと在野で働いているので、大学病院、特に大学病院の外来、というものを十分には理解していない。臨床実習で各科を回ったのも20年以上前のことである。しかしながら、患者さんが「痛い」と言っているところを診察することもなく、「問題なし」と返すのはいかがなものなのだろうか?


大学病院やそれに近いレベルの病院に患者さんを紹介して、返信をもらうとき、80%は、「想定の範囲内」の返信がもらえる。5%は、その専門性を存分に発揮し、適切な身体診察と過不足のない検査から、「このように診断しました」と、その美しさに感動する返信が返ってくる。残りの15%は、今回のように「がっくりとする」返信をもらう。


なぜだろうか、最近特に、大学病院の対応に「がっくりする」ことが多いような気がする。


先日書いた、悪性腹水を疑い大学病院に紹介したところ、「緊急性がない」と受診を断られ、しかしながら患者さんが強い腹痛を訴えて結局大学病院に搬送となった件。

結局同院に入院となり、おそらく胃がんのstageⅣ、ご家族も積極的な精査加療を望んでいない、とのことで当院に転院の依頼があった。大学病院への紹介を断られたことに対して、ご家族から当院に理不尽なクレームがあったことから、私たちとご家族との間に信頼関係を築けないと判断し、転院相談はお断りしたのだが、この一件もそうである。こちらは「悪性の病気だと思うから詳しく調べてほしい」とお願いしているのに、断りの言葉が「緊急性がないから」というのも全く噛み合っていない。


以前の職場で初診からお看取りまで担当した、喉頭癌術後で喉頭離断術、永久気管孔造設術はせず、カフ(風船のように膨らみ、喉頭からの唾液や食物の流れ込みを防ぐ)のついていない気管切開で10年間問題なく日常生活を送っていた方のことも思い出す。発熱を主訴に時間外で飛び込んでこられ、私が診察。急性肺炎、誤嚥性肺炎の疑いにて急性期病院に転院とした(全くの初診だったので)。

状態が安定し、退院された後、私の外来に定期通院希望で来院という事になっていたが、初回受診時にいきなり発熱されており、ご本人の希望で私を主治医として入院となられた。検査にて誤嚥性肺炎と診断。経過を伺うと、半年ほどで急激に嚥下機能が悪化している様子。10年間、カフなしチューブで問題がなかったのに、今回のことでカフ付きのチューブを要するようになり、身体診察では、舌は線維束攣縮でピクピクしており、四肢の腱反射は亢進、遠位筋有意(もちろん近位筋もだが)の筋萎縮、手では母指球の萎縮、虫様筋の萎縮があり、ほぼ寝たきりに近くなってしまった。身体所見と経過からはALSを疑い、紹介状には「ALSを疑います。精査のほどお願いいたします」と大学病院に紹介した。この方も入院中の大学病院外来受診で、一日仕事だと思っていた。10時ころに診療所(有床診療所)を出発し、驚いたことに13時ころには戻ってこられた。付き添いの奥様に伺うと脳神経内科では10分ほどの診察を受けただけだったとのこと。返信を確認するが、診断の根拠の記載なく「廃用症候群です。リハビリをお願いします」と記載されていた。もちろんこの患者さん、誤嚥性肺炎で熱があるときもベッド上で筋力訓練などリハビリには注意を払っていたのであるが、何を根拠にALSを否定したのか、返信に記載がなく、極めて困惑したことを覚えている。


そういえば研修医時代も、高度の摂食障害でnear CPAで搬送された患者さん、目立った後遺症なく回復(ただし食事はとらない、かろうじて点滴はさせてくれた)したのだが、研修病院からそう遠くはない大学病院の精神科に「摂食障害の大家」がいると聞いたので、紹介状を作成し、家族とともに入院中に受診してもらった。精神科の初診なので一日仕事だと思っていたのだが、驚いたことに半日ほどで患者さんは帰院し、返信には「本人が治療の意思がないので、当科の適応外です」と書いてあったことも覚えている。


大学病院医局に籍を置くことなく、臓器専門内科としてのトレーニングをみっちり受けたわけでもない私なので、十分な設備も専門性もある診療科が、なぜそのような対応をされるのか、私にはよくわからない。


医師の基本として、「患者さんの訴えをしっかり聞く」「痛いというところはちゃんと見る」という事は初期研修医のころから私は指導されてきたのだが、そこについてはどうなっているのだろうか?


何となく今も、モヤモヤしたものを感じている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る