第80話 臨床現場の町医者が使う数学的思考

国公立であれ、私立であれ、医学部医学科への入学は大変な難関である。私自身も、「もう一度医学部医学科に入学できるか?」と問われれば、全く自信がない。医学科のカリキュラムの6年生後期はおそらくどの大学でも国家試験対策となっており、半年間、真剣に勉強すれば、今でも何とか医師国家試験には合格すると思うのだが。


医学科の入学試験は、高度な数学の問題を回答し、英語や他の教科もしっかり得点しなければ、合格はおぼつかない。


医学部医学科は「理系」に属しているが、「理系」度の高い学科かと言えば、そういうわけではない。複雑な偏微分方程式を解けなくても、量子力学のシュレディンガー方程式が理解できなくても、医師国家試験には合格できるのである。人間の身体にはわかっていないことが多く、例えば、「潰瘍性大腸炎という疾患には壊疽性膿皮症が合併しやすい」という事実があるが、「なぜ」そうなるのかは全く解明しておらず、また、「鉄欠乏状態になると氷をガリガリと食べたくなる」という事実についても、なぜそうなるのか、という事についてはそのメカニズムは全く不明である。医学の基礎となる生理学、生化学はある程度「理系」の色彩を帯びているが、解剖学は肉眼解剖学、組織学とも完全に「記憶力」勝負であり、暗記競争である。数学的思考は一切不要である。そして臨床科目に進んでも、ある程度の数学的素養は必須ではあるものの、理学部や工学部で要求されるような数学は学ばない(学ぶ時間的余裕もないし、実臨床ではほとんど使わない)。


極論すれば、ごく一部の研究医を除いて、臨床の現場で働いている人は、四則演算(足し算、引き算、掛け算、割り算)、比例式くらいしか使わない。対数などが必要な場合には関数電卓を使えばよく、そういう点で、医学科入学試験で最も不要なものは「高度な数学力(宝の持ち腐れ)」だと思っている。


とはいえ、数学が全くいらないわけではなく、数学的概念としては、少なくとも高校生の微分、積分(これは統計学の理解に必要)、確率、統計学、ベクトル、虚数程度の基礎知識は身につけておく必要がある。


「診断学」という医学の分野がある。名前の通り、どのようにして診断をつけていくのか、というものを体系化したものであり、実際に診断学の中で臨床医が用いる数学的技術は四則演算であるが、診断学の骨格は数学的背景を持っている。以下の話で、「感度」、「特異度」、「尤度比」、「事前確率」、「事後確率」という言葉が繰り返し出てくるので、ここで前もってこれらの用語の説明(定義)をしておきたい。「感度」は、Aという病気にかかっている人の中から「この人はAという病気だ」と探し出す能力、「特異度」はAという病気にかかっていない人の中から、「この人はAという病気ではないです」と探し出す能力と考えていただきたい。「尤度比」という言葉の中の「尤度」というのは「確からしさ」という意味で、「尤度比」は、その医療行為をすることで、Aという病気にかかっている、あるいはかかっていないという確率を動かす能力であり、これは前述の感度、特異度から算定される。「尤度比の高い検査や行為」は病気の診断能力が高い、という事を意味している。事前確率は言葉のとおり、検査や医療行為を受ける前の、病気Aに罹っている確率、事後確率は何らかの医療行為や検査を行なった後の確率であり、


事後確率=事前確率×尤度比(ベイズの定理)


という関係になっている。診断をつけるための行為や検査は、事後確率を求めることが目的である。


体調不良を自覚し、病院に受診すると、まず最初に医師とお話しすることになる。いわゆる「問診」である。問診をしただけで、ある程度診断がついてしまう疾患もあれば、そうでないものもある。そして次に「お身体を診せてください」と言って、身体診察を行なう。これも、身体診察で非常に特徴的な所見があり、診断がついてしまう場合もあれば、いくつかの疾患の可能性を考え、「検査をしましょう」とする場合もある。そして、検査の結果を見て、〇〇という疾患の可能性が高い、という場合もあれば、「う~ん、何とも言えない」という事もある。


問診は「感度」の高い診療行為であり、身体診察は「特異度」の高い診療行為と言われている。患者さんの問診で、可能性の高い疾患を想定し、身体診察でそれらの疾患の中から、本当にある疾患を絞り込んでいく、という事を行なっているのが、日常の診療行為である。もちろん、普段はそのような数学的背景を意識しているわけではない。問診、身体診察で、いくつかの疾患とその可能性(厳密な数値ではなく、「可能性が高そう」「可能性が低そう」という定性的なもの)のあたりをつけ、適切な検査で、事後確率を考えていく。


尤度比はそれぞれの検査でそれぞれ特定の値を持っており、検査結果を見るときには、その検査の尤度比(実際に各検査や診察でみられる所見については、それぞれの尤度比は算定されているが、実臨床ではそれぞれの数字を覚えているわけではなく、イメージとして把握しているのだが)を勘案して事後確率を考え、事後確率がある一定の値(治療閾値)を超えた場合には、その疾患を治療する、というのが診療行為の診断学的(数学的)背景である。


時に、このような数学的背景を考えながら診療を行わなければならないことがある。


先日、COVID-19 発熱外来に受診された方。壮年と呼ばれる世代の男性。2日ほど前から咳、鼻汁、微熱が出現し、受診当日に市販の「医療用」COVID-19抗原検査を自宅で行ない「陽性」となった、とのことで受診された患者さん。病院で再度抗原検査をすると結果は「陰性」だった。

さぁ、この患者さんをどう考えるか?となると、先ほどの診断学の数学的思考をする必要がある。


地域にCOVID-19は大流行中であり、症状もCOVID-19と考えて矛盾のない症状であり、発症の時点で事前確率は結構高い。そして自宅で抗原検査を行ない「陽性」との結果だったので、患者さんが受診した時点でのCOVID-19の確率はかなり高いものになっていたはずである。ところが、当院での抗原検査は陰性。現在使用中のCOVID-19抗原検査キットの感度、特異度は添付文書を読んでいないので正確ではないが、インフルエンザの抗原検査キットと大きくは変わらないと考え、その尤度比を類推。すると、当院での検査が陰性だったからと言って、極端に事後確率が低下するわけではないと推測された(感覚的には90%前後の事前確率が、50~60%の事後確率となったくらい)。


どのような検査にも偽陽性(かかっていないのに陽性)、偽陰性(かかっているのに陰性)が出現する可能性がある。それぞれの発生率は異なっているのが普通だが、どちらも極めて低い数字なので、ほぼ同等と近似しても大きく結果には影響しないと推測される。


おそらく、現在市中のCOVID-19の流行の割合は、おそらくインフルエンザ流行の最盛期よりも高いと思われる。インフルエンザ流行の最盛期では、典型的な症状の方の事前確率は70%程度と言われており、それを考えると、自宅の検査で陽性であり、その事前確率を考慮すると当院の検査で陰性であっても、事後確率が低いわけではなく、COVID-19を否定することはできない。臨床症状の存在を合わせると、やはりこの方はCOVID-19と診断した方が良い、と判断した。


ところが、院内の感染症対策チーム(ICT)から、「もう一度抗原検査をするように」との指示が下りてきた。指示に従って、再検査を行うが(本当なら、他の検査を行うのがいいのだが、当院ですぐ結果が出る検査は抗原検査のみである)、再検査の結果も「陰性」であった。


先ほど述べたように偽陽性、偽陰性とも頻度は極めて低い。となると、抗原検査偽陰性が2回続いた、というよりも1回目の検査が偽陽性の確率が高い、と判断されるべきである。


抗原検査は、検査のタイミングが大きく結果に影響するので、「現時点では検査は陰性だが、COVID-19を完全に否定するものではなく、症状が続くようであればPCRなど再検査が必要」と患者さんに結果を説明し、対症療法薬を処方して診察終了とした。


臨床医師に要求される数学的能力はせいぜいこの程度である。私は数学が得意ではない(工学系の学部を一度卒業したにも関わらず)のだが、この程度の数学的思考は可能であり、この程度の数学力で、臨床医はやっていける(むしろ体力とか、言葉遣い、とか思いやりや相手への心情の理解と必要があれば共感、というほうが重要)。


数学が得意で、成績が良いからと医学部進学を決めた人は、「宝の持ち腐れ」だなぁ、と思っている。本当に数学的能力の高い人ほど、理工学系に進学し、その力を発揮してほしいと思っている。そして、医師として適性のある人がより積極的に選択できるような入試であってほしいと思っている。

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