第81話 COVID-19クラスターとお看取りの姿勢

COVID-19 第7波の襲来とともに、他の医療機関と同様に、当院にも波が襲ってきた。当初、何より困ったのはスタッフの欠勤による人手不足であった。


バリバリの急性期ではなく、比較的落ち着いた患者さんを入院で診ている当院では、リハビリスタッフや看護師さんも、小さいお子さんをお持ちのお母さんであることが多い。今回のCOVID-19 第7波は子供たちにも大きな波が来たこと、感染力が強いことが影響し、まず、スタッフの子供さんが感染し、濃厚接触者として休業、そして数日たったころにお子さんから感染して発症、というパターンが多かった。もちろん、いきなり家族全員が発症、ということも多かったが。濃厚接触期間の休業+感染者としての休業となると、どうしても10日以上の休業となってしまう。それが複数のスタッフで起きるわけなので、院内のスタッフ不足が一気に襲ってきた。人繰りを考える看護師長さんたちは、頭を抱えながら調整しておられた。調整がついた、と思ったら、その中でカギになっていた人がまた倒れ、勤務表を組み替え、ということが連日続き、本当に大変そうだった。


そして、これも予想通り、院内でクラスターが発生した。これも、誰を非難することも、誰に責任がある、なんてことも言えない。患者さんと長時間、密着して接触することが最も多いのは、リハビリスタッフである。リハビリスタッフもそれをしっかり理解して、感染防御策を守ってリハビリをしてくれていたが、どうしても認知症のひどい方などは、ご自身がマスクをすることができない(マスクをつけても、自身ですぐに外してしまい、イタチごっことなる)ので、患者さん側の感染防御対策が不十分となる。しかしながら、そういう人ほど、リハビリが必要であることが多く、そこはどうしてもカバーできない「穴」となってしまった。

リハビリスタッフの一人が、前日までは全く無症状、発熱もなく、周囲にCOVID-19感染者もいない状態で、マスクとフェイスシールドをつけた状態でリハビリの仕事をしてくれていたが、当日の朝から、咽頭痛を自覚。出勤はしてもらったが、まず外来で検査を行なうと、陽性の反応が出た。このスタッフが院内で感染したのか、院外で感染したのかは不明だが、どちらにせよそのスタッフを責めることなどできない。リハビリ部門も欠勤者がいたが、リハビリを止めてしまうと、患者さんの廃用がどんどん進行するため、それを予防するためにはリハビリを続けなければいけないのであり、スタッフは自分が感染しないよう、仮に感染していたとしても拡散しないよう配慮に配慮を重ねていたのである。それでも感染を広げてしまうのが、この第7波の困ったところである。


そのスタッフが前日リハビリを行なった方で、リハビリ時にマスクをつけていなかった方については、厚生労働省からの規則にのっとって、濃厚接触者として隔離を開始した。3日間の発症がなく、核酸増幅検査で陰性であれば、隔離解除、ということで対応していたが、隔離していた男性の一人が、残念ながら、最後の核酸増幅検査で陽性となってしまった。女性患者さんは全員陰性だったので、隔離を解除し、男性部屋にいた人は、さらに濃厚接触者として、一般患者さんとも、感染患者さんとも別室で隔離を継続した。


ここで困ったことに、この濃厚接触者の一人は、認知症による徘徊が強く、発症者のベッドのそばにも、非感染者部屋にもうろうろと入り込んでは、発見され次第、スタッフが自室に連れて帰っていた。残念なことに、この方が2人目の発症者となってしまった。そこからはどんどんと患者さんが増えていっている。


1番目、2番目の患者さんとも、主治医が私であったが、1番目の患者さんはそれまでも衰弱の進行していた超高齢の方で、嚥下機能も低下し、COVID-19感染の有無にかかわらず、終末期だと考えていた人であった。COVID-19の抗ウイルス薬については現在すべて国(厚生労働省)が管理しており、必要に応じて、国に申請を行なって病院に配達、という形となっている。当院で使える薬は飲み薬の抗ウイルス薬「ラゲブリオ」と中和抗体の点滴薬「ゼビュディ」の2種類だが、ゼビュディは、デルタ株には有効だったが、オミクロン株にはほぼ無効、という結果が出ている。なので、患者さんが「ラゲブリオ」を飲めるか飲めないかで治療法が決まってしまう。ラゲブリオは1回につき4カプセル飲まないといけないので、嚥下機能が極めて不安定な方には処方困難である。ちなみに、抗ウイルス薬の効果としては、ラゲブリオよりも、パキロビットパックの方がよい、とされているが、併用禁忌薬が多すぎて、うちのような複数の併存症を持つ人が入院する病院では現実的には使えない。


ということで、食事が飲み込めなくなっていた1番目の患者さんは、対症療法のみで、食事を食べることができていた2番目の患者さんはラゲブリオを開始することになった。


丁度同時期に、プライベートでも、妻のお父さん(義父)が、嚥下機能が低下しているところにCOVID-19を発症した、と病院から連絡があった。抗ウイルス薬の使用について病院側から希望を尋ねられ、答えに窮した(そりゃ、急に言われても判断できないよなぁ)妻が、私に助けを求めてきた。病院からの電話を妻から変わり、「ゼビュディはオミクロンには効果がないので希望しません。嚥下がほぼできないとのことなので、内服の抗ウイルス薬も希望しません。対症療法で管理をお願いします」と答えた。


私の白衣のポケットには、医学生時代に購入した医学の格言(?)書が入っているのだが、その格言(?)の一つに「いたずらに死期を縮めてはいけない。いたずらに死期を伸ばしてはいけない」というものがある。

嚥下機能が落ちて、薬も飲めない、水分も取れない、しかも高齢で意識もはっきりしない、となれば、厳しい話だがその人は「この世にさよならを言う時」が来たと私は考えている。なので、家族の強い希望がなければ、もう侵襲的な治療は行なわないこととしている。


点滴については、1日に500mlの点滴をしないと手技料が取れず赤字になること、生理学の教科書には、不感蒸泄(意識しない水分喪失のこと。呼気中の水蒸気や汗など)で1日に約500mlの水分が失われる、ということで、点滴をする場合にも、そのような状態であれば1日500mlに制限するが、その量でも多くの人は浮腫が進んでくる(過剰な水分となっていることを意味している)。なので、点滴をするかしないかはご家族の希望に合わせ(個人的には不要と思っている)、酸素を投与し、苦痛があれば、その原因を取り除く、ということでみていくことが多い。

積極的に安楽死をさせるわけではないが、心のどこかで、「あぁ。俺、Dr.キリコやなぁ」と思いながらの仕事ではある。ただ、ご本人に苦痛のない終末期を、と考えると、それがベターであると思っている。

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