第55話 ちょっと恥ずかしかったこと。

私は週に3回、外来を担当しており、一般外来なので初診の方、定期通院の方、市民健診を受ける方など、様々な方の診察をしている。


先日の話。健診で受診された患者さん。高血圧の基礎疾患があったと思うが、問診表を見る限りではあまり大きな問題はなさそうな方だった。健診で確認すべき項目があるので、問診で既往歴や現在治療中の病気を確認。お話では問題なさそうだった。


そして、身体診察を行なう。結膜の貧血や黄疸の有無を確認するところから(いわゆる、上から)順々に、頚部リンパ節の触診、甲状腺の触診。胸部聴診、腹部診察を行なうこととなっている。いつもの通り、「眼から見せてくださいね」と声をかけ、結膜の診察をする。驚いたことに、眼球結膜が明らかに黄色い。「黄疸がある?」と思った。珍しくない頻度で体質性黄疸の方がいるので、「これまで『黄疸がある』と健診などで言われたことはありますか?」と確認するが、そんなことはない、との返事だった。


「無症状の黄疸で体質性黄疸でなければ、総胆管の悪性閉塞に伴う閉塞性黄疸を考えないといけないな」と思いながら、診察を進めていく。すると、おかしなことに気づいた。眼球結膜には明確に黄疸が出ているのに、皮膚はあまり黄色くないのである。胸背部の聴診の時も皮膚の黄染は目立たない。腹部診察の際に、肝腫大や無痛性の胆嚢拡張(Courvoisier兆候)を確認するが、それもなく、腹部の皮膚も黄色くはない。


結膜は白いのに、肌が黄色くなっている、というのは特に冬にみられることが多く、「柑皮症」と言って蜜柑の食べ過ぎなどで、含まれるカロチンの色が皮膚に現れる状態である。皮膚は黄色いのに結膜は黄色くはなく、「蜜柑がお好きで、よく召し上がりますか?」と問うと、「はい」と答えてくれるので、診断は臨床診断で確定し、「皮膚が黄色いのは蜜柑の食べ過ぎです。控えてくださいね」と伝えて診察終了、となるのだが、逆に、結膜が黄色くなっているのに、皮膚に黄染が出ない病気、と考えても、全く思いつかなかった。


「うーむ、何だろう??」と身体診察を終えて、患者さんの方を見ると、患者さんからベッドから起き上がるところで、正対して診察していた時と角度が異なっていた。その時に初めて気がついた。「眼鏡のレンズ、黄色いやん!」と。


もう一度患者さんに、今度は眼鏡をはずしてもらって結膜を確認する。もちろん結膜に黄染はない。レンズに着いていた淡い黄色は、皮膚の色に紛れてしまって気がつかず、結膜だけが黄色く見えたのだった。


患者さんには、「お身体を見せてもらいましたが、特に問題のある所見はないと思います」と伝え、診察終了としたが、内心、すごくバツが悪かった。診察の介助についてくれていた看護師さんに、「レンズが薄く黄色がかっていることには気づきませんでした。黄疸がなくてホッとしましたが、最初に結膜を見たときには『どうしよう』とびっくりしました」とお話をした。わかってしまえば笑い話ではあるが、診察中は本当に頭の中は「???」となっていて、びっくりした。


ちょっと恥ずかしかった次第である。

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