第46話 えっ?本当?

7/27は、午前中訪問診療、午後は時間外・救急対応というシフトだった。


訪問診療に出発する前に在宅部の看護師長さんから、「〇〇(いつも行ってる施設)に、いま医学生さんが実習で来ているのですが、先生の診察に付き添ってもらっていいですか?」とのこと。もちろんOK。というわけで訪問診療に出発した。


最初にその施設の訪問診療。ほとんどの患者さんが当院の訪問診療を受けておられ、数人ずつ、各医師に主治医を振り分けられている。その日の訪問診療の患者さんは3名。施設のスタッフからいつものように連絡板をもらい、特記すべきことを確認。そして、医学生さんにあいさつ。4年生とのこと。ならある程度座学で臨床科目を勉強しているはずであり、説明に医学用語を交えても問題なさそうだと判断した。


私が医学部にいる頃がちょうど変革期だったと思うのだが、私の前の学年までは、学年が上がると自動的に臨床実習に参加することになっていた。各医局によって、医学生の実習の範囲(どこまでしてよいか)というのはまちまちで、基本的には積極的に患者さんのところに足を運ぼう、というスタイルだが、手技についてはさせない診療科、簡単なもの(患者さんに痛みを加えない身体診察など)はしてもらう診療科、少し侵襲的な手技(末梢血管からの採血)なども指導医の監督のもとにしてもらう診療科もあった。


より実践的な臨床実習とするためには、何らかの資格が必要だろう、という事で、臨床実習を行う前に、手技や医療知識についての大学間で共通の関門が必要であろう、という事で今はCBT(Computer Based Test)という知識を評価する試験とOSCE(Objective Structured Clinical Examination)という実技試験を課せられており、両方に合格し「学生医」という資格を得て臨床実習に入る、という形になっている。私の大学でも私たちの代から試行として、CBT、OSCEが行われるようになった。CBTはサーバーとなるコンピュータに、数万問の問題がその難易度とともに登録されていて、各個人には違う問題が出題される。正解すると次の問題は難易度が上がり、間違えると難易度が下がった問題が出る、という仕組みになっている。情報処理室で試験は行われるが、各個人に違う問題が出題されるので、他人のディスプレイを見てもカンニングはできないようになっている。OSCEについては、私の医学生時代には、試行試験直前に1週間ほど時間が与えられ、各グループに学生を分け、それぞれ出題される手技についての練習を行なった。


そんなわけで、臨床実習前にOSCEを受けることになるので、学生さんには聴診など手技についてはしてもらわず(OSCEのトレーニングで正しい方法を学んでほしい)、むしろ、患者さんとの接し方として、ユマニチュードなどのアプローチの話などをしながら、一緒に診察に回った。診察の基本だけど、大事な考え方や、ちょっとした気遣いなど、今後の医師人生を送るうえで大切なことや、初期研修を受ける病院の選び方などをお話ししながらの診察だった。少しでも彼の心に残ってくれればいいなぁ、と思う。


その後も訪問診療に回る。午後からの救急・時間外当番があるので、「今日は午後の当番だから、12時半くらいから大雨になってくれたらなぁ」などと軽口をたたいていたが、言霊がきいたのか、11時を回るとどんどん空が暗くなってきた。「ありゃりゃ…」と思っていると、12時20分頃に訪問診療を終え、病院に戻ってきた途端に土砂降りの雨となった。私の願いは半分は叶い、「雨が続いてくれたら」という願いは届かず、30分ほどのとおり雨だった。ただ、降っているときは土砂降りで、朝は快晴だったので、外に洗濯物を干して出勤してきたスタッフも多く、「あ~あ」とため息をついているのを聞くと少し申し訳なく思った。


午後からは救急・急患対応となった。当院も発熱外来を開いてはいるが、施設の状況を考えると1時間に一人程度の対応が限界である。COVID-19がバカみたいに感染力が強いので、疑い患者さんを通常外来に待たせると、それだけでクラスターが発生してしまう。また発熱外来は発熱者も引っ掛けてしまうが、他の疾患が原因で発熱している人も発熱外来に回ってしまう。そんな人を発熱外来用の待合室を作ってCOVID-19の人と一緒に待たせると、これまた感染を広げてしまう。そんなわけで、発熱外来の待合室には一人(あるいは一家族)しか当院では待機できない(そんなに広くないので)。なので、診察依頼はバンバン電話がかかってくるが、対応できる患者数はそのうちのごく一部にならざるを得ない。これは、COVID-19が2類感染症であろうと、5類感染症であろうと変わらない。


季節季節で流行する疾患は異なるが、夏に流行する疾患(感染症だけでなく、例えば熱中症など)はCOVID-19とは関係なく発生しており、そこに毎日20万人の患者さんが追加されるわけで、どう考えても破綻するのは目に見えている。


それはさておき、そんなわけで、午後の発熱外来は私の担当であった。診察した方は全員COVID-19陽性であった。患者さん向けの説明書を書き、処方箋を書き、保健所用の用紙を書くとずいぶん時間がかかる。そんな中で、救急搬送の依頼があった。当院かかりつけの方で、主訴は強直間代性けいれん発作とその後の意識障害、低酸素血症とのこと。外来のベテラン看護師さんからは「しばしばけいれん発作を起こしています」と伺い、「なら、いつものてんかん発作だろう」と考え、受け入れにOKを出した。どこの急性期病院ERも大混雑しているであろうし、それが妥当だろうと考えたわけである。


患者さんが到着すると、救急隊が酸素マスクを着けていた。おそらくてんかん発作で一時的に呼吸ができなくなったことと酸素消費量が増えたこと、意識障害で呼吸数が減ったことによる肺胞低換気だろうと考え、SpO2が良好なこと、意識が改善していることを確認し、いったん酸素を止めて様子を見ることにした。


カルテを見ると、4日前に意識消失発作があった、との記載はあったが、それ以前の記載にはけいれん発作の文字はなかった。初発、あるいはそれに近いけいれん発作である。


ご本人は意識も戻ってきて、発語も出てきていた。左上肢は中等度の麻痺があったが、けいれん発作後のTodd麻痺だろうと推測。高齢の方であり、症候性てんかんを第一に考え、緊急の採血、静脈ガス分析(pHを見たかったので)、頭部CTをオーダーした。


高齢の方なので、頭部CTはそれなりの虚血性変化と小さな脳梗塞はあったが、出血性病変や明らかな占拠性病変は認めなかった。静脈ガスはpH正常でpCO2,HCO3も問題はなかった。一般採血では年齢相応の腎機能低下はあるものの、電解質異常は認めず。けいれん直後のせいか、白血球増多はあるがCRPも低く、「これは大変!」というものもなかった。


検査から患者さんが処置室に戻ってきて、バイタルを確認してもらうと、「先生、SpO2が85%に下がっています」とのこと。それはよろしくない、と思い胸部CTも撮影。区域気管支までは気管支が追えたが食物残渣による閉塞はなかった。両肺底部背側がやや濁った感じで胸水貯留が見られた。「けいれん発作前から、軽度の誤嚥性肺炎があったのかなぁ?」と思ったが、いずれにせよ、低酸素血症があるので帰宅させるわけには行かない。ご家族に病状を説明し、酸素の状態が落ち着くまでは入院しましょう、と伝えた。入院のためにCOVID-19核酸検査を行なったが陰性。心電図も軽度の右脚ブロックと低電位が見られたがST変化もなく、トロポニンも陰性。「症候性てんかん、誤嚥性肺炎に伴う低酸素血症」の病名で入院していただいた。抗てんかん薬は、点滴薬はアレビアチン(フェニトイン)しかなく、急いで抗てんかん薬の投与は不要と考え、レベチラセタム(イーケプラ)を処方、夕食後から内服とした。入院が決まり、病棟に移動するときにはTodd麻痺も消失しており、意思疎通も可能となっていた。いつものかかりつけのDr.がお休みをもらっていたので、翌朝に主治医をお願いすることとし、入院時指示、入院カルテを記載し、結局1時間の残業となったが、仕事を終え、帰宅した。


7/28 当直医から申し送りを受ける(基本的には私の仕事になっている)と、その患者さん、夕食中に再度強直間代性けいれんを30秒~1分ほど起こし、その後、速やかに呼吸停止、心停止となり、永眠された、とのことであった。


「えっ?そうだったんですか?」とびっくり!病棟に上がってきたときには意識もほぼいつも通りで、会話も可能となっており、急変するとは夢にも思っていなかった。夕食も介助で半量以上食べていた最中のけいれん発作とのことで、けいれん発作が起きるまでは全く問題がなかったとのことだった。30秒近く間代性けいれんが続いていた、という事なら、心停止が先行した間代性けいれんではなかったと思われる(突然の心停止でも間代性けいれんは起きうるが、数秒~10秒程度で止まるはずであり、30秒以上続くことはないと思われる)。強直間代性けいれんが心停止、呼吸停止の引き金となったとしても、その原因は何だったのだろうか?なぜ心停止、呼吸停止したのだろうか?よくわからない。


主治医に引き継ぐまでもなく、病棟に上がって2時間も経たずに旅立たれたようである。


大変びっくりしている。

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