第44話 勝ち目のない戦

SARS-CoV-2ウイルスの変異が止まらない。いや、ウイルスの性質上、止まらないものなのはわかっているものの、こうも変化すると、手の打ちようがないよなぁ、というのが実感である。


一人の患者さんから、平均何人の患者さんに移るのか、を示す数字が「実効再生産数」と呼ばれるものである。インフルエンザウイルスは約2程度、最も感染力が強いと言われていた麻疹(はしか)は16程度である。非常に残念な情報だが、今朝の信頼できるネットのニュースソースで、BA.5は麻疹と同等の実効再生産数、「ケンタウルス」と呼ばれる株はそれ以上とのことだった。


有難いことに麻疹はワクチンが非常に有効な感染症で、ワクチンで抗体価をしっかりあげておけば、感染しても発症しない。もちろん一人から16人に感染するので、感染の拡大を防ぐためには16人中15人以上が抗体を持っていなければならない。なので、ワクチンで抗体価を持っている人の割合は約94%が必要である。逆に人口の94%にワクチンを打ちさえすれば(当然抗体価を持っていない新生児が増えてくるのであるが)、麻疹の流行は止めることができるのである。


一方、SARS-CoV-2ウイルスに対するワクチンは、現在では「発症予防」という点では極めて心もとない。いくらワクチンを接種しても、「重症化の予防」はできても、「流行の減少」にはあまり役に立たなさそうである。


COVID-19を2類から5類に変えると、保健所、行政は楽になるが、医療現場は現状のままである。少し事務仕事が減るかなぁ、くらいで、発熱外来はパンク、救急車の受け入れ困難も変わらず、だと思う。なぜなら、医療現場のoverflowの問題は、「制度」の問題ではなく「ウイルスの性質」の問題だからである。COVID-19を5類感染症にしても、他の患者さんと一緒の待合室に座らせることはできない。待合室の患者さんがCOVID-19に罹るからである。となると、結局現状のまま、COVID-19疑いの人は、隔離された待合室に待つことになる。現状の発熱外来のままである。もちろん発熱外来を受診した人の中には、COVID-19ではない人も含まれているので、発熱外来でも待っている人は個別に隔離した状態としなければならない。それだけのスペースのある開業医、あるいは中小規模の病院がどれだけあるのか。


実効再生産数がインフルエンザの8倍以上の数字をたたき出しているCOVID-19は、制度の如何にかかわらず、圧倒的な感染力で医療を圧迫し続けるのだろう。それは、勝ち目のない戦だなぁ、とつくづく感じる次第である。

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