第25話 報道も、保健室の先生も「おかしい」話

ネットニュースで「顔面骨折の児童、救急車を呼ばず」という見出しを見つけた。「なんだなんだ?」と記事を開いてみる。名古屋市内の小学校で児童が転倒、顔面を強く打ったとのこと(おそらく眼窩をぶつけたか?)。学校は母親に連絡をして、来校を待っていたとのこと。児童の全身状態は良くなかったようで、ずいぶん顔色が悪く、嘔吐もしたとのことだが、保健室の先生は「なんで目をぶつけただけで吐くのよ?」と言ったとか。母親が来校し、児童の様子を見てただことではないと考え、学校を出たところで救急車を要請。報道では「顔面の骨折」としか記載はなく、状態が良くないため、搬送先から、さらに別の病院に転院、緊急手術となり、記事には「目にプレートを二枚挿入」した、とのことである。


色々と情報不足であり、ある程度推測が入るのは勘弁していただきたいが、私が最も「おかしい」と思うのは、ネットニュースの見出し「顔面骨折の児童、救急車を呼ばず」という記載である。医療の世界に身を置いて、身近に医療訴訟を感じていると、されて最も嫌なことは、「結論から逆算されること」である。「結果はこうなったでしょ」と言われても、その時点ではわからないことだらけである。「推理小説を逆に読む」というのだろうか、逆に読めば、犯人が誰かも分かるし、色々な伏線も明らかになるのだが、現実の医療現場では、後から「そうだったのか!気が付かなかった!」という事も多いのである。誰が見ても「それ、気が付かなあかんで」という場合だけではなく、だれが見ても「えっ?そんなことになったの?」という場合も多いのである。さらに追加するなら「顔面の骨折=救急車を呼ばなければならない」とは必ずしも言えないのである。むしろ、顔面の骨折でも全身状態が良ければ、自家用車で救急外来に受診、でよいのである。なので、この見出しは「センセーショナルに煽りすぎで、医学的正確性に欠ける表現」である。


であるが、私はこの児は救急搬送すべきであったと思う。その理由は「嘔吐を伴っていた」からである。嘔吐については、あらゆるものが原因となりうる。胃腸炎でも吐く。頭蓋内出血でも吐く。心筋梗塞でも吐く。急性肝炎でも吐く。尿毒症でも吐く。足の骨折でも吐くことがある。強いストレスでも吐く。あるいは健康でも、他人の吐物を見たり、その匂いを嗅いだりしただけでも吐く。なので、「嘔吐」という現象からは特定の疾患を絞ることはできないが、「嘔吐する」ということそのものが「何かがおかしい」ことを示唆する所見なのである。


この児童も、当然のことながら「わざと」嘔吐しているわけではない。なので、保健室の先生の「なんで目をぶつけただけで吐くのよ」という言葉は、児童に向けてはなく、保健室の先生自身の自問としなければならない。なぜ目をぶつけて嘔吐するのか?と自身に問えば、「変だよなぁ?ただことではないよなぁ」と気づくだろうと思うのだが。


報道では、児童の正確な病態がわからないので何とも言えないが、おそらく眼窩底吹き抜け骨折が主体なのだろうと思う。吹き抜け骨折の場合、2週間以内の待機手術とすることが多いのだが、この児童については緊急手術となったとのことであり、動眼筋が吹き抜け部に嵌頓(挟まりこんで血流が悪くなっている状態)していたのか、眼窩内に活動性の出血が続いていたのか、いずれにせよ状態は悪かったのだろうと思う。


私が研修医時代、ERで日当直をしていた時も、内科小児科の診療所で働いていた時も、小児の頭部外傷は比較的よく診るものであった。積極的に頭部のCTを取ろうと考える所見の一つに「嘔吐を伴っているもの」がある。なので、顔や頭に強い外力がかかった後、嘔吐が見られる場合は、やはり速やかに頭部、顔面の画像診断が必要だろうと思っている。ただ、実際にそのような症状があっても、多くの場合は脳出血などを認めないことが多い(たまに出血していると大慌て!)。



5年ほど前か?次男がまだ小学生だったころ、家の近くで遊んでいて転倒し、後頭部をアスファルトにぶつけたらしい。次男は「こけて頭が痛~い」と泣いて帰ってきた。意識障害もなさそうだったので、「しばらくしたら落ち着くわ」と声をかけ、経過観察していたが、20分ほど経ってもまだ「頭が痛~い」と泣いていた。「じゃぁ、ちょっと痛み止め飲んで様子を見よう」と声をかけ、アセトアミノフェンを飲ませた。その後も頭痛の訴えは止まらず、それから20分後に嘔吐が始まった。「さすがにこれはやばい」と思い、近くの総合病院に電話をし、ERに連れて行った。頭部CTを撮影したが、頭蓋骨骨折も頭蓋内出血も見られず。ただ、本人はひどくぐったりしていたので、経過観察入院となった。もちろん、こんなにゆっくりした対応は自分の息子だからできることであって、職場でなら、頭痛が治まらない時点で、高次医療機関に紹介している。


その日は長男が塾の日だったので、塾に長男を迎えに行き、病院に戻ってくると、点滴をして元気になった次男の姿が。頭部打撲、頭痛については臨床病名として「脳震盪」、それに伴ってケトン血性嘔吐症(かつて「自家中毒」と呼んでいた疾患)を発症したのだろう。糖液の点滴を開始して、劇的に顔色もよくなっており、ほっとしたことを覚えている。


閑話休題。そんなわけで、この出来事の記事を読んで、「見出し」も、「目をぶつけてなんで吐くのよ」と児童に言った保健室の先生も、「おかしいなぁ」と思った次第である。

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