二つの王家(11)
「ファラが……王様?」
ガイラさんの公爵就任も実感が湧きませんでしたが、これこそ実感が湧きません。
突拍子もない、けれど、この国の歴史を考えれば至極真っ当な意見であることは間違いありません。
「あんたは一体……。」
「ガイラだ。」
瞳孔を小刻みに震わせ戸惑うファラに、ガイラは優しく微笑みかけた。
「ファラ君、君はユナウさんが一番信頼を置ける人だ。それに、君はユナウさんを守ってくれた。ユナウさんの支えとなってくれた。私はそれだけで君を信じることが出来る。」
その言葉に、微笑みに、ファラはガイラの想いを汲んだ。
「ファラでいい。ありがとな、ガイラ。」
ユナウを愛した者同士――お互いを理解するのに時間は要らなかった。
「ファラ、ここからは君の力が必要だ。力を貸してくれ。」
「ああ、勿論だ!」
ファラとガイラは二人して国王を見上げた。
「貴様ら、この期に及んで余に対して鼎の軽重を問うと申すか!」
流石の陛下も憤りを覚えたのか、ここへ来て初めて玉座から立ち上がりました。
「ファラに王位が返還されれば、貴方は今の権力を行使できなくなる。貴方が散々拘っていた身分や権限は彼のものとなり、命令権はこちらに移る!」
これがガイラさんの考え――。
誰もが陛下への終戦宣言を直接的に求めていましたが、ガイラさんは最初からこれを考えていたのでしょうか。
「これがスイルリード様の出した答え――。この国の未来――。」
「未来?」
「スイルリード様がさっき出したあの書簡は、ここに来る前にスイルリード様のお父様から預かった物なの。この国の未来を託すと言われて。」
クリスちゃんの言葉に私は納得してしまいました。
何故あの書簡がガイラさんの手元にあったのか。
何故公爵様達はガイラさんにこの国の未来を託したのか。
王家が実権を握っているとはいえ、形式上は王家、元老院、四大公爵はこの国の鼎です。
それはつまり、爵位を継ぐという事はこの国の未来を背負うことに等しい。
ガイラさんはそれを既に理解している。
だから公爵様達はガイラさんにあの書簡を、この国の未来を託されたのだと思います。
「ぐっ……このような事があって良いはずがない。」
優劣は逆転し、流石の陛下も後がなくなったのか怒るばかりで、それまでの威圧、威厳は見る影もありませんでした。
「ええい、エリメラ!何をしている!早くこの者達の首を――」
陛下が声を荒げた時でした。
私達は目の前の出来事に目を疑いました。
「何のつもりだ……エリメラ……。」
その言葉を最後に陛下は吐血し、その場に力なく倒れました。
「陛下、貴方の負けですよ。」
主教様が玉座越しに背後から陛下を刺した――。
それを認識することは容易くも、〝何故〟と言う疑問の方が真っ先に浮かび上がりました。
「ぐぼぁ……。」
言葉にならない言葉を絞り出しながら苦しむ陛下を、主教様は冷え切った目で見下ろしていました。
「あの錫杖、仕込み杖だったのか!?」
皆の視線が主教様に集中する中、当の本人は先端に付着した血をハンカチーフのような絹布で拭いながら不気味に笑みを浮かべていました。
「虚飾の王など蛆も同然。そこにいるだけで邪魔です。貴方はもう用済みなんですよ、陛下。」
その発言に対して陛下が抱いたのは怒りか。それとも悲しみか。
ピクリと体が反応するのを最後に陛下は絶命されました。
こちらに向けられた陛下の顔を見れば、その開いたままの瞼からは一欠片だけ雫が零れ落ちていました。
「何てことを……。」
全員が状況を飲み込めず絶句する中、主教様の笑い声だけが謁見の間に響き渡りました。
「さて、そろそろ茶番は終わりにしましょう。」
主教様は血を拭き取った絹布を床に捨て、錫杖の剣先をファラの方へ向けました。
「国王が死んだ今、あなた方がこの戦争を止める術はもうありません。もうこの戦争は我々か、下界人か、どちらかが全滅するまで続くことでしょう。」
「てめえ!」
主教様の言葉に、ファラは先程と同様の形相で目を血走らせ殴りかかろうと壇上へ駆け出しました。
「待つんだ、ファラ!」
無策に駆け出すファラの首根っこをガイラさんが掴んで引き戻しました。
私はそれを見てホッと胸を撫で下ろしました。
相手は剣を持っています。
拳で挑めば確実に斬られてしまうでしょう。
憲兵の方々とは違って主教様は人を殺すことに一切の躊躇をしません。
「落ち着いてくれ!君まで刺されたら元も子もない。」
「ガイラ、でも――!!」
パチンッという音が響き渡ると共に、ファラの頬が赤く染まりました。
その光景には既視感を覚えますが、あの時とは立場が逆転しています。
「悪い。お前の言う通りだ。」
ファラは申し訳なさそうに視線を落とすも、ガイラはその肩にそっと手を置いた。
「おや、拍子抜けですね。」
煽るような言い方でこちらを壇上から見下ろすエリメラを、ファラとガイラは同時に睨みつけた。
「いい表情ですね。まだ諦めていないご様子で。」
「当たり前だ。」
「陛下が殺された以上、貴女に代わりを務めてもらいます、マザー・エリメラ。」
状況は明らかにこちらの方が優勢です。
ガイラさんもそれを理解した上で、相手の土俵に上がらないよう慎重に言葉を選んでいる様子でした。
「それは無理な話ですね。」
そう言うと主教様は何かの合図を送るように空いている方の腕を横に振りました。
「えっ!?どうして!?」
「ちょっ、離しなさいよ!!」
ファラとガイラはその声に振り返ると、ユナウとクリスティーナが憲兵達によって拘束されていた。
「ユナウ!」
そう叫んだ矢先だった――。
「ぐあっ……。」
その声にファラは横に振り向くと、ガイラが憲兵に頭を殴打されており、その隙を突かれてユナウ達と同じように拘束されてしまった。
「ガイラ!」
見れば、他の憲兵達もこちらに剣先を向けていた。
「何でだよ!?あんた等だってこの国の真実を知ったはずだ!!それなのに、どうしてあいつの味方をするんだよ!?」
ファラの叫びに憲兵達は聞こえないとでも言うように顔を反らした。
「無駄ですよ。その者達は既に私の手に堕ちています。貴方の言うことなど聞く耳も持ちません。」
その言葉にファラはエリメラを睨みつけることしか出来なかった。
「お願いです。離して下さい!」
ユナウは必死でもがいたが、ガタイの良い憲兵相手に振り解くことは叶わなかった。
「すまない。許してくれ。我々にも家族がいるんだ。間違った事をしているのは重々承知している。だが、それでも従わざる負えないんだ。」
その悲痛な声に、つい抗う力が削がれてしまいます。
それでも私はもがくことを止める訳にはいきませんでした。
「さて、王は死にました。後は貴方を殺してレクロリクスの血を今度こそ絶やしましょう。そして殿下も殺し、私がこの国の真の王となるのです。」
主教様は両手を天に掲げ、凍りつくような恐ろしい表情で嘲笑いました。
「さあ、まずはお前から殺してやる!!」
そう叫ぶと共に、主教様は錫杖の先を突き出しながらファラに向かって駆け出しました。
「ファラ!!」
私は語気を強めて叫び、一層激しくもがきました。
ですが、それでも憲兵さんを振り払うことは出来ず、私はただただ叫びました。
「ファラ逃げて!!」
ファラは足が固まって動けないようでした。
すぐそこまで錫杖の剣先が迫っているにもかかわらず動かないファラを、私達は叫びながら見ている事しか出来ませんでした。
「死ねえ!!」
主教様の声と同時に血飛沫が舞い、次の瞬間には錫杖がその腹部を貫いていました。
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