二つの王家(10)
「ガイラさん!?クリスちゃんも!!どうしてここに!?」
こちらが状況を理解する前に、二人はずかずかと憲兵さん達の間を割って入ってきました。
「どうして貴方達がここに?戦争を止めようと動いていたのでは?」
「ええ。勿論そのつもりでここへ来ました、マザー・エリメラ。」
主教様の問いに、ガイラさんは冷静に返しました。
「それはどういうことでしょう?まさかこの二人のように我々を説得に来たとでも?」
「ええ、その通りです。ですがその前に……。」
ガイラさんは主教様との会話を切ってこちらに歩み寄ると、それまでの強張った表情から一変、優しく微笑んで私の手を取りました。
「ユナウさん、ありがとう。貴女のお蔭で母上が消えた理由がようやく分かりました。」
「ガイラさん……?」
何でしょう――。
何処となくガイラさんの雰囲気が、さっき別れた時とは変わっているような気がします。
「ユナウ!」
「クリスちゃん!」
様子を見計らって今度はクリスちゃんが駆け寄ってきてくれました。
「貴女達大丈夫だった?怪我は?」
「足を少し捻っちゃったけど、大丈夫。それよりどうしてクリスちゃん達がここに?下は大丈夫なの?」
「公爵様達が力を貸してくれたの。今全員で何とか食い止めているわ。」
「公爵様達が……そっか。」
それならしばらくは安心といって良いでしょうか。
公爵様達ならそう簡単には崩されないはず。
ここまで切羽詰まっていましたが、少しだけ余裕が出来た気がします。
「ガイラさん、クリスちゃん、ごめんなさい。私達、陛下を説得できなかった。」
私はガイラさんとクリスちゃんに頭を下げました。
信じてくれていたのに、私が未熟なばかりに尽く陛下に反論されてしまいました。
正直合わせる顔がありません。
「いいえ、ユナウさん。貴女の想いはまだ生きています。」
「えっ?」
「貴女が想いを届けようとしてくれたから、諦めなかったから、私達は間に合った。貴女の想い、ここからは私が繋げます。」
そう言ってガイラさんは再び微笑むと、懐から封書を取り出しました。
「ガイラさん、それは?」
私の問いに、ガイラさんは笑ったまま何も言わずに中の書簡を取り出しました。
「格好良く登場したところ申し訳ありませんが、こちらも時間が惜しいのでね。ミスター・スイルリード、貴方如きの話を聞いている暇はないのですよ。」
主教様は苛立ちを隠さずガイラさんを牽制しました。
「そうですね。こちらも時間を掛ける気はありません。それに、これを見てもまだ〝私如き〟と言えますか?」
そう言うとガイラさんは一枚の紙を広げ、それを陛下と主教様に向かって掲げました。
「それは――!?」
そして、主教様の驚く姿も意に介さず、ガイラさんは声を張って宣言しました。
「今この時、この瞬間を以て私、ガイラ・ジーン=スイルリードは、リべルド・ジーン=スイルリードより正式に爵位を継いだことをここに宣言する!」
それは、この場を震撼させる一言でした。
「ガイラさんが、公爵に……?」
それは何れ必ず訪れるものだと頭では理解していましたが、いざそうなると何だか実感が湧きませんでした。
「このタイミングで爵位の譲渡とは……やってくれますね、あの老耄。」
主教様は奥歯をギシギシさせながら錫杖をギュッと力強く握っていましたが、直ぐに余裕の表情を浮かべました。
「ですが、それが何だと言うのです?爵位があったとて、その権力は王族よりも下です。状況は何も変わりはしません。」
「これだけなら、確かにそうですね。」
「何?まだ何か――」
怪訝な表情でガイラさんの手元を見る主教様に対し、ガイラさんは不気味なくらい冷静にもう一枚の紙を広げ、それを先程と同様に主教様達に向かって掲げました。
「そ、そそ、それは――!?い、いや、そんな馬鹿な!?何故それが貴方の手にあるのですか、ミスター・スイルリード!!」
主教様は勿論、陛下も、それを目にした瞬間の取り乱し方は尋常ではありませんでした。
つい先程の驚きなど記憶から吹き飛んでしまう程に、主教様達はまるで怯えるような表情でその掲げられた紙を見つめていました。
「ザイデルフォン家公爵――アベルタス・ロック=ザイデルフォン
ヴァンシュロン家公爵――レイモンド・マグナ=ヴァンシュロン
オーベスト家公爵――ファンギス・ディーン=オーベスト
そして、スイルリード家公爵――ガイラ・ジーン=スイルリード
以上四名の公爵の名を以て、全公爵一致の元、王法規律第一条第三項に基づき、国王陛下に今回の御意向に関して異を唱えるものとする!!」
「それって――!?」
ガイラさんの高らかな宣言に、場が一層震撼しました。
王法規律第一条第三項――王政若しくは王家の意向に異議を申し立てる場合、元老院長並びに四大公爵の署名を以て、王家の者一人以上の賛同を得られた場合のみ之を是とする
ガイラさんが今手にしているのは、公爵四名の著名がされた書簡――。
それは正に起死回生の一手でした。
「何と言う……し、しかし、第一条第三項では四大公爵の著名に加え、元老院長の著名と、王家の者の賛同が必要ですよ!元老院はともかく、陛下は絶対に賛同などいたしません!」
主教様は明らかに動揺しており、焦燥感に駆られているようでした。
ここにきてようやく、それも初めてこちらが優位を取れた瞬間でした。
「私が賛同いたします。」
そして一度吹いた追い風はそう簡単には止みません。
主教様が出てきた時と同じように、玉座のある壇上の右脇から王妃殿下と元老院長が揃ってそのお姿を現されたのです。
「殿下!?何故貴女が……い、いえ、そもそも何時からそこに!?」
陛下はご尊顔を歪めて絶句し、主教様は動揺を隠しきれず震えておられました。
「それはお互い様でしょう、エリメラ。それに、私達の意図を知ったところで貴女には詮無きことですよ。」
王妃殿下と主教様は互いに睨みを利かせて場を凍りつかせました。
「スイルリード家の若き公爵よ、その書簡にこのムハトマ・ディーン=オーベストの名も連ねよう。」
その冷え切った沈黙を破るように、元老院長はガイラさんに声を掛けられました。
「ムハトマ院長、有り難き御言葉、感謝します。」
互いに頷くガイラさんと元老院長――。
そのやり取りは、元々仕組まれていたのかと思えるほど自然なものでした。
「陛下に今一度申し上げます。我ら公爵四名並びに元老院長の著名、そして王妃殿下の賛同により、王法規律第一条第三項に基づいて、我々は陛下の御意向に異を唱えます。」
ガイラさんは再び書簡を陛下に向けて翳し、宣言しました。
全員の視線が陛下の元に向けられ、場は一気に張り詰めたような緊張感に覆われました。
「陛下――。」
主教様は一周回って落ち着きを取り戻した様子で陛下に視線を送りました。
すると、その直後に陛下は謁見の間に響く程大きな声で笑い出したのです。
「何が可笑しいと?」
周りが戸惑う中、ガイラさんは冷静なまま強気で陛下に問いました。
「まさか先代が情けで作った制度がこのように行使されようとはな。だが、それがどうしたと言うのだ?」
「それはどういう意味ですか?」
「確かに王法規律に基づけば、余に意見することは叶おう。だが、それによって貴様は何を望む?余に終戦を告げさせるか?いくら余に意見できたとて、余はこの戦争を終わらせるつもりはない。終戦の宣言はせぬ。」
この場にいた誰もが陛下に呆れた瞬間でした。
今の陛下の言い草は開き直りでしかありません。
駄々を捏ねる子どもそのものです。
「陛下、それはあまりに横暴では!?」
陛下の言い訳に理解し兼ねてか、意外にも私達ではなく後ろにいた憲兵さん達から真っ先に声が上がりました。
考えてみればこの人達だって被害者です。
この人達はこの国の為に今まで働いてきた。
陛下に尽くしてきたはずです。
にもかかわらず、実際は陛下の良いように誘導され、人形のように動かされていた。
同僚が戦火の中、今も死と隣り合わせで戦っている事を考えれば、陛下の言い訳は耳に逆らわざる負えないでしょう。
「痴れ者が。分を弁えよ。誰に向かって口を利いている?」
陛下の物言いに、その威圧に、憲兵さん達は押し黙ってしまいました。
「構いません。」
周りが口惜しそうに下を向く中、ガイラさんが一人冷静に陛下へ言葉を投げました。
「そもそも私は陛下に終戦を告げてもらいに来たのではありません。」
ガイラさんのその発言は陛下だけでなく、私達をも混乱させました。
「なら貴様は何故余に意見する?何が望みだと?」
「望みは先程言った通り、この戦争を終わらせることです。」
「言っている意味が分からんな。」
これに関しては私達も陛下と同意見でした。
陛下に終戦を告げてもらう訳ではない。
けれど戦争は終わらせる――。
主張が矛盾しているように聞こえますが、ガイラさんは何を考えているのでしょうか。
「陛下、私は陛下に終戦を告げてもらいに来たのではなく、告げさせに来たのです。」
「何?」
怒りとまではいかずとも、不服の表情で陛下はガイラさんを睨みつけました。
「貴様、余に命令すると?爵位を継いで浮き立ったか。貴様こそ分を弁えよ。」
ガイラさんの陛下に対する態度は、それまでとは明らかに違いました。
何故急にそうなったのか、場が益々混乱する中で、ガイラさんは私達の方へ近づいてきました。
「ファラ君、今こそ君の力を借りる時だ。」
私、かと思いきや、ガイラさんはファラの手を取りました。
「あんた、何をするつもりなんだ?」
ファラの不安を払拭するかのように、ガイラさんはニヤリと笑みを浮かべてファラの腕を引っ張りました。
「私が望むのは王位の返還――ロースハイム王家からレクロリクス王家に王位を返還すること。それ即ち、ここにいるファラ=レクロリクスを、この国の王とすることである!!」
ガイラさんの高らかな宣言は謁見の間全体に響き渡り、陛下のみならずこの場にいた誰しもを驚愕させました。
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