二つの王家(6)

 敷地に沿って植えられた低木。

 母屋の横の馬小屋と馬たちの鳴き声。

 入念に手入れされた入口のフラワーアーチ。


 十一年ぶりの実家は何一つ変わっておらず、懐かしさに束の間の安寧を覚えた。


「ここがスイルリード様のお屋敷……。流石公爵家のお屋敷ですわ。こんな立派なお屋敷始めて見ました。学院の寮より大きいのでは?」

「流石にそこまで大きくはありませんよ。」


 クリスティーナの世辞に応対しつつも、ガイラは違和感を抱いていた。


 まるでここだけ時が止まっているような。

 先の戦場とは対照的に、ここは静寂に包まれ、小鳥の囀りが耳を擽る。


 穏やかで何一つ変わらない屋敷の懐かしさも相まって、これまでのことが夢だったのではないかとすら思えてくる。


「スイルリード様?」


 クリスティーナはぼうっと立ち尽くすガイラの袖を引っ張った。


「ああ、失礼。行きましょう。」


 これまで起きた事は間違いなく現実だ。


 下界人が攻めてきたことも。

 この腕の怪我も。



 そして、母上が死んだことも――。



 私はフラワーアーチに活けられたスイートピーを一輪摘み取り、お守り代わりにそれを胸ポケットにしまいました。



 母上、どうか私にお力をお貸し下さい――。



 そう心で祈りながら石畳に沿って進み、十一年ぶりに実家の敷居を跨ぎました。

 すると、直ぐに幼少の頃の記憶が甦りました。



〝嫌だ!母上を連れて行かないで!母上は何もやってないよ!〟


〝止めんか、ガイラ!みっともない!〟


〝でも父上!父上だって分かっているでしょ!母上は冤罪だよ!〟


〝これは仕方のないことなんだ!〟

 

〝母上!母上!何か言ってよ!母上!〟

 


 真っ先に呼び起されたのはあの日の記憶――。


 もっと楽しい思い出がいくつもあったはずなのに、頭に思い浮かぶのはどれもあの日のことばかり。


 未だに母上が連れて行かれた理由ははっきりしていません。

 〝下界人と繋がっている〟というのは恐らく表向きの理由で、新の理由はきっと他にある。


 始めは現実を受け入れられず逃避的な考えでしたが、この国の裏の部分に触れたことでその考えは一変しました。


 マザー・エリメラ――当時の主教が老衰で亡くなり、母上を拘束した連中の大半が消息を絶った今、あの当時のことを知る者は最早彼女以外にはいない。


 彼女は恐らく今回の戦争の元凶のうちの一人だ。

 無事に終戦を迎えた曙には、母上のことを問いたださなければ――。


「どちら様でしょうか……まあ!」


 私達が入って来たのに気づいたのか、ダイニングの方から使用人の女性が顔を出しました。


「ガイラ様ではありませんか!随分とご立派になられて――。」

「ルイボワースさん。そちらこそ御壮健そうで何よりです。」


 まるで我が子のように成長を喜ぶ彼女の姿は、精神的に疲弊した私の心を癒してくれました。


「ガイラ様、その腕の傷は!?」

「ああ、これは先程城に攻めてきた下界人の太刀を受けてしまって。」

「下界人に!?まあ、何てこと……。やはりリべルド様の仰った通り、下界人は野蛮な人種なのですね。」


 それまでこちらを慈しむ様子だった彼女が一変、それを聞いた途端に歯をギシギシとさせ、みるみる内にその形相は怒りと憎しみに変わってしまいました。


「父上がそんなことを?そういえば、父上は?」

「リべルド様は自室におられます。荒事が起きてからずっと籠っておられます。」

「何だって!?それでは父上は何も動いていないのか!?一体どういう……。とにかく上がらせてもらいます。」


 足早に階段を上がり、三つある部屋の内の一番奥の部屋の前まで迷うことなく突き進み、私は扉の前に立ちました。


 父上は母上の件があって以来人が変わってしまった。


 以前はよく笑う方で、武芸にも優れ、家族想いの優しい方だった。

 しかし母上の一件以後、父上の顔からは笑顔が消え、公爵の仕事により一層身を投じるようになり、私とはあまり話さなくなった。


 代わりに書斎へよく籠るようになり、私は少しでも父上の力になりたいとこっそり書斎に入っては、父上が読んだであろう文献やメモなどをよく漁ったものです。


 あれから十一年の月日が経った。

 手紙では幾度となくやり取りしていたとはいえ、実際に会うとなると緊張してしまう自分がいます。



 父上は今の私を認めて下さるだろうか――。



 厳格なお方だ。たとえ息子であっても、いや息子だからこそ、その期待値は高く、次期公爵として恥ずべきところがないかよく観察されることだろう。


 私はこれから父上に力を貸してもらうよう頼まねばならない。


 公爵である父上が国の一大事に部屋に籠っているのには何かしらの理由があるはず。

 父上に動いてもらうためには、父上に認めてもらい、かつ父上が動かない理由を上回る理由を考えなければならない。


 ノックをしようと右手を持ち上げるも、父上に会うことへの不安と緊張が邪魔をして躊躇してしまう。



〝助けを乞うこと自体が情けない〟と認めてもらえないのではないか――。



 心の何処かでそういった考えが脳裏を過ってしまう。


「大丈夫ですわ。」


 ふとその声に振り向くと、横でウェルディーン嬢が優しく微笑んでいました。


「他でもないスイルリード様のお父様ですもの。スイルリード様の頼みなら聞き入れて下さいますわ。」


 そう話す彼女の手は笑顔とは逆に震えていました。

 よく見れば足も。


「ウェルディーン嬢……。」

「すみません。私ったら、スイルリード様のお父様だというのに、公爵様に会うのだと考えたら緊張してしまって。何か粗相でもして不快にさせてしまって、それでお力をお借りできなくなったら……そう考えてしまって。」


 私は何と愚かだろうか。

 ユナウさんもファラ君も、そしてウェルディーン嬢も、皆それぞれ不安を抱えている。


 何が起こるか分からないこんな状況下では当たり前のことです。

 それでも彼女等は勇気を出して歩みを進めている。


 それなのに私ときたら、さも自分にだけ災いが降り掛かっているのだと思い込んでしまっていた。

 自意識過剰とはこのことか。


「ありがとう御座います、ミス・ウェルディーン。」


 貴女のお蔭で吹っ切れました。


 会う前から怖気づいていても仕方がありません。

 私も皆さんのように自らの足で歩みを進めます。


 軽くなった右手をもう一度持ち上げ、扉を強めに三回ノックしました。


「父上、失礼します。」


 扉を開け中に入ると、こちらと相対する向きで机上の書類に何かを書いている父上の姿が目に飛び込んできました。


「ルイボワース、何用でも入ってくるなと言ったであろう。」


 こちらに目を合わせることなく父上は手を動かしながらそう呟かれました。


 入る時の声を聞いていなかったのか、まだ私だとは気づいていないご様子です。


「父上、お久しゅう御座います。ガイラ・ジーン=スイルリード、十一年ぶりに只今戻りました。」


 左胸に右拳をつけて敬礼し、私は父上の前でそう宣言しました。


「ガイラだと?」


 その宣言の直後、父上の手は止まり、ようやく目が合いました。


 十一年ぶりの父上は記憶の中の父上よりも若干老けておられました。

 茶髪には白髪が混じっており、顔のしわはより深くなっておられ、年相応に髭を蓄えられておられました。


「貴様何故ここにいる?卒業式は昼からであろう。何故学院の外に出ておる?」


 十一年ぶりに会った息子に対する第一声は、こちらの期待したものではありませんでした。


「いえ、それは……。」


 驚くこともなければ喜ぶ様子もなく、がっかりする素振りすらない。

 ただ怪訝な面持ちで疑問を投げかける――。


 予想していなかった展開に私は戸惑い口籠ってしまいました。


「何だ?言いたいことがあるならはっきり言わぬか。」

「その……父上は、今外で起きていることをご存知ですか?」


 知らないはずがない。

 こんなことを聞いたところで意味がないのは分かってはいますが、あまりに現状とかけ離れた父上の言動に、聞かずにはいられませんでした。


「当然だろう。下界人が攻めてきた。今憲兵達がそれに対処している。そんなことを聞いて何になる?」

「分かっていて、何故父上は動かないのですか!?国の一大事ですよ!?このままでは被害が大きくなって取り返しがつかなくなります!!」


 淡々と話す父上に納得がいかず、気づけば目の前の机上に右手を強く叩き付けていました。


「そう騒ぐな。儂とて理由なくここに留まっている訳ではない。」

「それはどういう……?」

「先程対抗策としてカルフデラという兵器を何機か戦場へと送り込んだそうだ。エリメラから報告があった。時期に片がつくだろう。」

「カルフデラを!?それは、こちらもあの戦車で迎え撃つということですか!?」

「ん?何故お前がカルフデラを知っておる?あれは国の重要機密だぞ。まさかお前――!?」

「今はそんな話をしている場合ではありません!!」


 別にはぐらかそうとした訳ではありません。

 昔、父上の書斎に勝手に出入りしていたことは白状しても構いません。

 それを咎められても。


 しかし、これ以上話が進まないのはごめん被りたい。


 今は一分一秒が惜しい。


 上界側もカルフデラを投入したとなれば、戦場が火の海と化すのは最早時間の問題です。


「父上、このままでは被害は増すばかりです。憲兵達からも、下界人達からも、大勢の死者が出てしまいます。死者を出さない為にもお力をお貸し下さい!」


 私はこの時僅かながら頭の片隅で後悔しました。

 鬼気迫っていたとはいえ、今の私の態度はとても人に物を頼む態度ではありませんでした。

 しかし、父上の反応を見て怒鳴らずにはいなれなかったのもまた事実です。


「お前は何か勘違いをしていないか?」

「えっ?」


 私が自分の行いを猛省する中、父上は椅子から立ち上がると、こちらに背を向け背後にあった窓のそばで足を止めました。


「何故下界人の身まで案ずるのだ?攻めてきたのは奴等の方だ。奴等は敵だ。」


 その発言に私は愕然としました。


 確かに攻めてきたのは下界人の方からです。

 しかし、だからといって彼らの命を蔑ろにしていい訳がない。

 一般民がそれを言うのはまだしも、公爵である父上がそんな発言をするなんて正気の沙汰とは思えませんでした。


「父上、本気で仰っているのですか!?だとしたら貴方は――」


 私はギリギリのところでその先の言葉を紡ぐことを止めました。


 たとえ父上が正気で無かったとしても、その言葉を発してしまえば父上に協力を仰ぐことは叶わなくなるからです。


 それではここまで来た意味がなくなってしまう。

 誰一人助けることも出来ない。

 そうなれば私は皆さんに会わす顔がありません。


「だとしたら、何だと言うのだ?」

「…………。」


 私は押し黙ったまま何も言うことが出来ませんでした。


 父上が国王陛下に近い思想を抱いている以上、父上を説得する手がなくなってしまいました。


「そういえばお前、昨日の裁判にも顔を出したようだな。」

「どうしてそれを……。」

「ふん、公爵ともなればその場におらずとも情報は入ってくる。今日は卒業式の日だ。それに有事が起きている以上は仕方あるまい。規則を破って今ここにいることには目を瞑ろう。だが、昨日学院を抜け出したのは何故だ?貴様には成人すれば爵位を譲ると、そう手紙で伝えていたはずだ。にもかかわらず、規則を破るとは何事だ?それが公爵の器たる人間の振る舞いか?」

「い、いえ、それには深い訳が――」

「黙れ!」


 振り返った瞬間に見えた父上の剣幕に、私は気圧されて何も言い返すことが出来ませんでした。


「規則を破れば秩序が乱れる。爵位を持つ者が規則を破れば、国民も平気で規則を破るようになる。無秩序は国を崩壊へと導く。だからこそ貴様には『規律を重んじよ』と昔から教えてきたはずだが、それがこの様か!」


 何も言えませんでした。

 ぐうの音も出ない正論を並べられ、力を借りる算段どころか、言い訳すら思いつきませんでした。


 父上は間違っていない。

 規律を重んじるが故の先の思想か――。


 そう考えれば合点はいく。


「もうよい。お前には失望した。」


 父上は再び窓の方を見ては、もうこちらに目を合わせることはありませんでした。


「スイルリード様……。」


 クリスティーナはガイラの手をそっと握った。

 それしか出来ることがなかった。


 親子の会話に部外者である自分が入っていく勇気がクリスティーナには持てなかった。


 だが、その行動がクリスティーナには知る由もなかったが、ガイラの心に一つの光を射した。


「ミス・ウェルディーン。」



 そうだ。私は何のためにここに来た?


 爵位を継ぐため――?

 父上に認めてもらうため――?


 いいや違う。


 私がここに来たのは皆を助けるためだ。


 例え父上が正しく、私が間違っていたとしても、私はここで引くわけにはいかない。


 何があっても絶対に皆を守る。

 誰一人死なせはしない。


「父上、母上を覚えていらっしゃいますか?」


 父上はこちらを見てはくれません。

 ですが、今一瞬確かに肩が動きました。


 耳は貸してくれている。なら今はそれでいい。


「ミランダさんではなく、私の産みの母であるメリア・ジーン=スイルリード。貴方の最初の妻となった女性です。」


 その名を口にするには覚悟が必要でした。


 母上の存在はどうやったのか、世間一般からは消えてなくなっています。


 私の中にしか母上は存在していない。


 しかし、父上ならきっと覚えているはず。

 自分が愛した女性を忘れるはずがない。


 そう確信してはいたものの、もし父上の口から〝知らない〟と言われたら――。


 その万が一が怖くて、何度も手紙に書こうとしましたが、ずっと聞くことが出来ないでいました。


「…………。」


 父上は黙ったままでした。

 先程のような体の反応もありません。


 胸がキュッと苦しくなりますが、今は悲しみに暮れている場合ではありません。


 父上が母上のことを覚えていないのであれば、今の私に出来ることはもうこれしかありません。


 私は床に膝を付き、左腕の痛みも顧みず両手も同様に床に付け、四つん這いの恰好で頭を垂れました。


「なっ――!?ガイラ貴様、何の真似だ!自分が何をしているのか分かっておるのか!?」


 リべルドは振り向くと同時に、自分の息子の姿に憤りを覚えずにはいられなかった。


 クリスティーナもガイラのとった行動に驚愕し、思わず息を呑んだ。


「もちろんです、父上。これは土下座というもの。この国が建国するよりもずっと昔、まだ奴隷という身分制度があった時代に、その奴隷が物乞いをする際に使用したという懇願の意を示す恰好です。」

「そこまで知った上で、何故今ここでそれをする!?貴様、どこまで惨めを貶めれば気が済むのだ!!」

「これは私の決意の証です!!」

「決意……だと?」


 息子の言葉にリべルドは憤りは感じたまま、しかし同時に疑念も抱いた。


「父上が母上をお忘れになっていたことは非常に残念で悲しく思います。ですが、たとえ父上の中で母上の存在が消えていたとしても、母上を愛した気持ちは残っておられるはずです。それをどうか思い出してほしい。」

「ガイラ……。」


 そこで私は顔を上げ、父上の目を見つめました。


 さっきまでとは違う面持ち――。

 やはり父上の中にも誰かを愛した気持ちは残っている。


 それならば、私の今のこの気持ちを父上はきっと理解して下さるはず。


「私には心から愛する人がいます!その人を守る為ならば、この身を奴隷に堕とすことも厭わない!」


 ガイラは再び頭突きのような勢いで頭を深く床に擦りつけた。


「私は公爵家の人間である前に一人の紳士として、いいえ、一人の男として、愛した女性を命を賭してでも守りたいのです!その為には父上のお力が必要です!だからどうか、今一度お願いします!お力をお貸し下さい!」



 それはガイラの心からの想い――叫びだった。



「…………。」


 父上は目を瞑ったまま無言で何かを考えているご様子でしたが、間もなくしてこちらへ歩みを進めました。


「父上!!」


 しかし、それはこちらの意を汲んだということではありませんでした。


 父上は私の横を通り過ぎると、そのまま何も言わず部屋を出て行かれてしまいました。


「父上……。」


 自分の想いは全て伝えました。

 父上の心には私の想いは届かなかったということか――。


 己の不甲斐なさに打ちひしがれる中、私は父上の出て行った扉をただ見ていることしか出来ませんでした。


「スイルリード様、そこまで……。」


 クリスティーナは複雑な心境だった。

 ガイラにとってユナウの存在はそこまで大きなものだったのか――。


 それは親友として嬉しくもあり、同時に自分は絶対に彼には振り向いてはもらえないのだという確信を得てしまったから。


 悲しみに暮れる表情で扉を見つめるガイラを励まそうと、何かしようと思うも、クリスティーナは上手く声が出せないでいた。


 そんな中、ふとガイラの拳がぎゅっと握られるのが目に留まった。


「父上、私はきっと母上を――。」


 ガイラは立ち上がった。

 覚悟を決め、再び歩みを進める。


「ミス・ウェルディーン。行きましょう。」

「え……あっ、はい!」


 クリスティーナは部屋を出ていくガイラに慌ててついていった。


「あの、スイルリード様……?」

「城に戻りましょう。一人でも多くの命を守る為に、出来ることをしましょう。」

「その……お父様のことは宜しいのですか?」

「…………。」


 スイルリード様はそれについてはお答えになりませんでした。


 きっとスイルリード様もこのままでいいとは思っていない。

 けれど、説得に時間を要すれば要するほど戦場では人が死んでいく。

 足を止めてはいられないのでしょう。


 出来ることをするとはいっても、出来ることなんてほとんどない――。


 それは先に戦場に立った時に分かっている。

 それでも、分かっていても動かずにはいられない。

 大勢を助けられないのなら、一人でも多くの人を救うことに尽力する。


 恐らくスイルリード様はその気持ちだけで今動いている。



 それなら私は――。



 クリスティーナは自分の役割を一つに絞った。

 多くのことを同時に出来る程自分は器用ではないと知っているから。



〝この人を絶対に死なせない――〟



 貴方が皆を守るなら、私が貴方を守ります。


 クリスティーナはそう心に誓った。


「ルイボワースさん、何を?」


 私とウェルディーン嬢が屋敷を出ると、表札前で馬を引いて待つルイボワースさんの姿がありました。


「行かれるのでしょう、ガイラ様。それなら馬の方が早いでしょう。準備はしておきました。」

「助かります。」

「いいえ、私が出来るのはこの程度のことしかありませんので。次にお戻りになられた際には、ガイラ様の好物のシチューを用意しておきますね。」

「恩に着ます。本当にありがとう。」

「ご武運を。」


 ガイラは馬の背に乗ると、クリスティーナを後ろに乗せて屋敷を後にした。

 市街地に入り、ガイラは一旦馬を止めた。


「どうしたのですか?」


 ウェルディーン嬢の問いに、私は直ぐに答えられませんでした。

 迷っていたのです。


「城へ戻ろうと思いましたが、戦場は城の方だけではありません。正義の門付近にも同様に……いいえ、むしろ正義の門側の方が大規模で下界人と憲兵が争っています。どちらに行くべきか……。」

「お城の方へ行きましょう。」

「何か考えが?」

「考えという程のものではありませんわ。ただ、規模が大きい方が被害が甚大だとは思いますが、激化している分私達が出来ることは少ないですわ。それに、お城の中に下界人が攻め込んできたら、ユナウ達が国王陛下を説得する弊害になってしまいます。」


 確かにウェルディーン嬢の言う通り、城の憲兵達が圧されて城内に下界人が大量に雪崩れ込んでしまえば、ユナウさん達の説得の妨げになってしまう危険があります。


 それだけではありません。

 万が一それで陛下が討たれるような事があれば、戦争を止めることは不可能になります。


 ここまで発展してしまった戦争を止める方法は、元凶である国王陛下の一声以外にはありません。


「分かりました。城へ行きましょう。」


 私は手綱を引き、馬を城へと走らせました。

 馬の扱いなどご無沙汰でしたが、自転車と同じようなもので体に染みついていて助かりました。

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