二つの王家(2)
「見えた!あそこです!」
城外正門前――外へと出たガイラとクリスティーナは、カルフデラが突っ込んだ城の右翼側へ外から迂回する形で向かっていた。
「でもスイルリード様、どうするおつもりですか?」
「分かりません。ですが、今は一刻を争います。着いてから考えるしかありません。」
息を切らさず全速力で駆け抜けるガイラに対し、クリスティーナは息も絶え絶えになりながら必死について行くのでやっとだった。
現場に到着すると同時にガイラはぴたりと足を止めた。
その後ろでクリスティーナは息を整えるも、目の前の惨状に思わず息を呑んだ。
「これは……。」
「酷い。」
カルフデラの衝突で崩壊した城壁の破片が飛散し、そのカタピラで通った箇所の石畳はガタガタに崩壊しており、本体からは火が吹き荒れて周囲に焦げ跡がいくつも残されていた。
下界人達はその手に斧や剣、その辺で拾ってきたような木の棒までも持ち出して、目についた憲兵達に見境なく襲い掛かっている。
下界人達のその血走った目は、もはや狂人のそれとしか例えようがなく、それは正に自分の身すら案じることのない捨て身の闘争であった。
対して、迎撃する憲兵達は劣勢を強いられていた。
勿論彼らはこのような有事の際に対処するため日頃から訓練をしている。
しかし、訓練とは似て非なる戦を前にほとんどの者が臆していた。
国王から〝下界人は全て殺せ〟と命ぜられている。
陛下の勅命は絶対。その認識は誰もが持ち合わせている。
だがしかし、それでも憲兵達各々の良心がその矛を寸でのところで鈍らせてしまう。
そんな心持ちでは死に物狂いで向かってくる下界人の群れを迎撃できるはずもなかった。
そのような状況でも、重傷者はいても死人は未だ一人も出ていないというのは奇跡と言う他なかった。
「おい、しっかりするんだ!」
ガイラは腹部の傷を押さえて壁にもたれ掛かる憲兵の元へ走った。
「どうしてこんなことに?」
ガイラは自身のポケットチーフとハンカチーフを取り出し憲兵の傷の上に押し当てると、腰から外したベルトを止血するようにギュッとその腹部に巻き付けた。
「我々も何が何だか……突然正義の門から下界人が襲い掛かってきたらしく、陛下から迎撃するよう勅命を受けたんだが、この有様だ。」
「下界人達の目的は?何でもいい。何か気づいた事はないか?」
怪我人に悪いと思いつつもガイラは早口で捲し立てる。
だが、憲兵は無言で首を横に振るだけだった。
「スイルリードさまっ――。」
「くそ!」
初めて見るその剣幕に、クリスティーナは途中で口を引っ込めてしまった。
「あ、あの……スイルリード様……。」
それでも何とか彼の支えになろうと震えながらも懸命に声を絞り出すも、その声が届く前にガイラは戦場に走り去ってしまった。
「スイルリード様……。」
こんな命の危険がある戦場で、いつものスイルリード様なら絶対に自分達を一人になんてしない。
女性の前ではどんな時でも紳士である彼が、自分を置き去りにした。
それほどまでに今の彼には余裕がない。
それはクリスティーナも理解している。
しかし、だからこそ嫌に想像してしまう。
「ユナウだったら……。」
仮にこの場にいたのが自分ではなくユナウであったとしても、スイルリード様の行動は変わらなかったと思う。
けれど、自分の声ではなく、彼にとって最愛であるユナウの声ならば届いていたかもしれない。
逼迫した状況だからこそ〝もしかしたら〟を考えてしまう。
「私、結局何も出来てない……。」
少しでも力になりたい――。
そう思ってついて来たはずなのに、戦場を見ては震え、大好きな彼の支えにもなれない。
自分が何のためにここにいるのか分からない。
一度考え込むと、その沼に嵌まってしまうのは容易かった。
ネガティブな思考はやがて自己嫌悪に変わり、自己嫌悪がまた新たに否定的な思考を生む。
「私って一体……。」
とうとう自身の存在を否定し始める。
視界が黒く染まっていく。
金属のぶつかり合う音。
メラメラと火が燃え盛る音。
下界人の雄叫びや憲兵の叫び声。
それらが頭に響いてきても、何も感じなくなってくる。
それでも思考は巡り続けた。
体は動かないのに、脳は働くことを止めてはくれなかった。
「君は凄いな――。」
自分の世界に囚われたクリスティーナを救ったのは、そのたった一つの言葉だった。
「貴方は……。」
その声の主は先程ガイラが応急処置を施した憲兵だった。
クリスティーナは壁にもたれ掛かる憲兵のそばでしゃがみ込むと、自身のハンカチーフを取り出してその額の汗を拭きとった。
「すまない。ありがとう。」
「いえ、私はこんなことしか出来ませんので……。」
「十分じゃないか。」
「えっ?」
憲兵の顔色は決して良くはない。
だから、それは今できる限りの笑顔だったに違いない。
「君の服……まだ学生だろう。女性が、それも学生が、こんな危険な戦場に出向いてくるなんて、なかなか出来ることじゃない。」
「それは……スイルリード様について来ただけで――。」
「そんなことはない。スイルリード殿が向かって行った後も、君は自分に出来ることを探し続けていたじゃないか。周りを何度も見て、じっと考えて……私には出来なかった。恐怖で一杯になって、考える事を捨ててただ闇雲に剣を振ってしまった。その結果がこの様だ。」
そんな風に見えていたのか――。
周りをキョロキョロしていたのは、私も同じで怖くて動けず、どうしていいか分からなかったから。
じっと考えていたのは、どうするか考えていたのではなく、自己嫌悪に陥っていただけ。
全部が全部、憲兵の勝手な思い込み――勘違いだった。
見当外れも甚だしい。
しかし、その勘違いがクリスティーナに思い出せた。
あれはまだ自分達が四歳の頃――。
ユナウがどうしても川で遊びたいと言い出した。
けれど、双方の両親から子どもだけで川遊びは危険だから、と川へ近づくことを禁止されていた。
にもかかわらず、ユナウは言うことを聞かずに川へ向かってしまい、私はそれに渋々ついて行った。
結果的には何事もなく日が暮れる前には帰って来たけれど、お父様には酷く叱られた。
反省の為に『暫くはユナウと遊ぶことを禁止する』とお父様が言い出した時、ユナウはただ泣いていたけど、私は横でずっと考えていた。
限界まで思考を巡らして必死で言い訳を考えていた。
具体的にどう言い訳したかまでは覚えていないけど、その言い訳のおかげで次の日もユナウと遊べるようになったのは覚えている。
「そうよ。あの頃は私の方が出来ることが多かったわ。」
今ではユナウの方が淑女として立派になってしまった。
私は只の一女学生。
けれど、それでいい――。
私には考える事しか出来ない。でも、考えるのは私の得意分野だ。
ユナウが夜中寮を抜け出すようになってからも、私はいつも言い訳や誤魔化し方を考えて、結果一度として見回りや点呼でバレることはなかった。
「すみません。ここを離れます。」
クリスティーナは憲兵に一言告げ、立ち上がった。
「ユナウ、私には貴女みたいな正義感もなければ、淑女としての振る舞いや嗜みもないわ。真正面から向かい合う度胸も。だけど――。」
私はユナウにはなれない。
スイルリード様の最愛の人にはなれないかもしれない。
でも、それでいい――。
「私には考える頭がある。それが私に出来ること。私の戦い方よ!」
クリスティーナは駆け出した。
火の粉舞い散る戦場を駆け抜け、視線の先にいるガイラの元まで一直線に向かって行った。
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