二つの王家(3)
「双方、矛を収めよ!ここで争っても意味はない!」
ガイラは大声で叫んだ。
そして、それは皆の視線を奪うことに成功する。
しかし、それも一瞬だけで態勢を変えるには至らず、すぐさま戦闘が再開してしまう。
「くっ……どうしたら止められる!?」
何度叫んでも誰一人聞く耳を持ってはくれず、一心不乱に武器を振るい続ける。
思考を巡らすも、この状況を収束させるだけの策は何一つ思いつきません。
「死ねぇい!!」
唐突に後ろから怒声が聞こえ振り返ると、目の前に剣先が振り下ろされた。
前髪が多少触れはしたものの、反射的に首を引いたことで間一髪避けられた。
「落ち着いて下さい!あなた方は何のために――」
「死ねえぇ!」
その憎しみの籠った表情と声からして、とてもこちらの話を聞いてくれる状態とは思えなかった。
「仕方がない。」
ガイラは足下にあった剣を拾い、襲ってくる敵の剣を受け止めた。
「話を聞いて下さい!」
「お前等なんかにする話は何もねえ!」
鍔迫り合いの中で何とか会話を試みるも、相手は罵詈雑言を繰り返すばかり。
集団ではなく個人でも交渉どころか会話すらままならないとなれば、出来ることは一つしかなかった。
手に籠めていた力を緩めて剣を引き、相手の剣を受け流す。
体勢を崩した相手が前のめりになったところで首元に手刀を決めた。
「少し眠っていて下さい。」
気を失い倒れる男を体で受け止めると、そのまま自身の肩に男の腕を回した。
たとえ自分の命を狙ってきた相手でも、気を失っている人間をこんな戦場のど真ん中に放置は出来ない。
正直いえば、一瞬迷った。
どんな理由があるにせよ、陛下に唆されたのだとしても、ここまで国を壊した彼らを助ける意味があるのか。
そんな濁った考えが脳裏を過った。
だが、ガイラは彼を見放さなかった。
それには自分が最優秀紳士であるからとか、間もなく爵位を継ぐ人間だからとか、そういったことも勿論あった。
だがそれ以上にガイラの自制心を奮い立たせたのは、ユナウ達との約束だった。
誰も死なせない――。
そう約束した。
「私を信頼してくれた人達に、彼女達の期待に、一紳士として応えない訳にはいきません!」
城壁まであと少し。
男を運んだら、ここからまたどうするか考えなければ――。
そう思った時だった。
「スイルリード様!」
クリスティーナのおかげで何とか反応は出来たものの、ガイラは後ろからの攻撃を諸に食らってしまった。
味方もお構いなしで斬りかかって来た相手の剣を、抱えていた男を庇う形でガイラは咄嗟に左腕でそれを受け止めてしまった。
「あがっ――!?」
腕は取れていない。
切断まではされていない。
それを視認した直後、私は自分の身に何が起きたのか理解できなくなりました。
急に目の前が真っ白になり、斬られた部分が猛烈に熱い。
初めての経験に、痛いと感じるよりも、パニックに陥っていました。
後ろから襲われた。
腕を斬られた。
でも切断まではしていない。
それらはしっかり認識したはず。
しかし、脳が体の異常に対処することにリソースを裂いているせいか、全く状況が浮かび上がってこない。
認識したことが直ぐに抜け出てしまって、何も思い出せなくなる。
体からは汗が噴き出て止まらず、節々が痙攣するように震えて思うように体が動かない。
私は堪らず男の腕を離し城壁にもたれ掛かりました。
「スイルリード様!!」
ウェルディーン嬢は直ぐに駆け寄ってきてくれると、私を座らせては怪我の様子を見始めました。
「脈が速い……。顔色も悪いですし、何より出血が止まらない。この傷の深さ、恐らく動脈が斬られたんですわ。」
動脈が傷ついているとなると一刻を争うか。
ウェルディーン嬢も応急手当は散々習っているでしょうが、流石にこの状況ではまともな治療は無理でしょう。
「落ち着くのよ、クリスティーナ。私なら出来るわ。」
自分に言い聞かせるようにそう言っては、ウェルディーン嬢は何か傷口を塞ぐものを探しているようでした。
「ウェルディーン嬢……お願いがあります。」
「スイルリード様、しゃべっては駄目ですわ。」
私は力の入らない体を強引に動かし、深く座り直しました。
「父上のところへ……応援を頼んで下さい。私はもう……動けそうにありません。」
私は自分の不甲斐なさに打ちひしがれながら空を見つめました。
「そんな弱気、スイルリード様らしくないですわ。しっかりして下さい。」
また初めて見るスイルリード様の一面――。
しかし、先程までとは打って変わって、吹っ切れた今のクリスティーナは臆することはなかった。
「たとえ応急処置をして動けるようになったとしても、私に出来ることは何もありません。不甲斐ないばかりです。ですから――」
「馬鹿なことを仰らないでください!」
それはクリスティーナにとって初めてガイラの目を直視した瞬間だった。
恥ずかしさのあまりいつも目を見れず、数少ない会話の機会でもクリスティーナはガイラの口元ばかりを見て話していた。
それには当然ガイラも気づいていた。
だからこそ弱っている今、罵倒と共に初めて目が合ったというのはガイラにとって驚きでしかなかった。
「何も出来ないと嘆くのは、ただ逃げているだけですわ。」
「逃げている……。」
「ユナウにも、ファラって彼にも、そこで戦っている人達にも、出来ないことなんて山程あります。それでも自分の出来ることを必死に探して、見つけて、ただそれだけを全うしようとしています。」
ウェルディーン嬢のその言葉に、私は自分の心に問いました。
今まで公爵家の血筋だからと何度言い訳してきたか。何度諦めて来たか――。
思い当たる節がいくつも思い起こされました。
「こんな私にだってやれることはありますわ。」
そう言ってウェルディーン嬢は立ち上がると、なんとスカートの裾を手で引き千切ってみせたのです。
「なっ――!?」
私は驚き、思わず視線を逸らしました。
「ど、どういうつもりですか!?」
暫く視線を逸らしたまま目を瞑っていると、腕に強い圧迫感を覚えました。
恐る恐る目を開けてみれば、斬られた部分が止血するように帯状に切ったスカートの布片で縛られています。
「これが、私が今やれることです。」
そこには淑女としての恥じらいなど一遍たりともありませんでした。
しかし、その目には一切の曇りなく、これまで見た誰よりも透き通っており、その純粋で真っ直ぐな瞳に私は気づけば惹き込まれていました。
「スイルリード様?」
あまりにも見入っていたせいか、固まっていた私にウェルディーン嬢は不安そうな顔を向けていました。
「ハッ……ハハハ!」
思わず漏れた失笑に〝とうとうおかしくなったのでは?〟と、あたふたするウェルディーン嬢に、私は笑いながら〝平気だ〟と手振りしました。
「すみません、こんな時に。自分の新たな一面に気づいてしまって。何だか耐えられなくなってしまって。」
気づけば体の震えも、噴き出る汗も止まっている。
心なしか体も軽くなった気がします。
それはウェルディーン嬢が止血してくれたおかげもあると思いますが、それ以上に何より気が紛れたのが大きかったように思います。
「私は卑怯者かもしれませんね。」
「えっと……はあ。」
笑顔で自身を罵るガイラに、クリスティーナはよく分からず空返事をするしか出来なかった。
「さて、と。」
ガイラは手を貸してもらいながら立ち上がると、目の前の戦場には目を向けず西の方を眺めた。
「どうしたのですか?」
「この先を行くとスイルリード家の屋敷があります。」
「ここはどうするんですの?」
「一旦引きましょう。今ここで私達がやれることはありません。それに、仮にここを止められたとしても、戦場はここだけではありません。私達だけで各個に回っていてはとても間に合いません。憲兵達も必死に守っています。そう簡単にはやられないと信じましょう。」
いつもの見慣れた顔つきのガイラに、クリスティーナは内心でホッとした。
「分かりました。スイルリード様に任せますわ。」
「ありがとう御座います。そうと決まれば屋敷へ急ぎましょう。父上も既に動いているはずですから今もまだ屋敷にいる保証はありませんが、そこはいることを祈りましょう。」
ガイラの案内の元二人は戦場から離れ、スイルリード家の屋敷を目指した――。
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