終章

エピローグ(1)

「もう、ユナウ達ったら何処に行ったのかしら?」


 千年祭の夜、クリスティーナ達は四人で街の屋台を回っていたが、いつの間にかユナウとファラと逸れてしまっていた。


「先程までは一緒にいた訳ですから、そう遠くには行っていないとは思いますが……。」

「まったくもう。あれだけ『凄い人混みだから逸れないように気をつけなさい』って言ったのに、あの二人は……。」


 クリスティーナは溜息をつきながら大通りの人混みを見渡した。


「あの、ウェルディーン嬢。ユナウさん達は直ぐに見つかりそうもありませんし、あちらのベンチで少し休みましょう。」

「それもそうですわね。」


 ガイラの提案にクリスティーナは賛同し、二人で向かいのベンチに腰を下ろした。


「ヘイルベンって、こんなに賑やかな国だったのね。」

「そうですね。学院にいた時には、外の様子はほとんど知りようがありませんでした。」


 視界の左から右に流れていく人混みの列――。

 その賑やかさは、見ているとユナウ達と逸れた不安を紛らわせてくれる。


「あの、ウェルディーン嬢、少しいいですか?」


 ぼぅーと列を眺めていて眠気を感じ始めていたところにスイルリード様が話しかけてきたので、思わず変な声を上げてしまった。



 恥ずかしい――。



 そうクリスティーナが思っていると、反対にガイラは優しく微笑み、立ち上がった。


「スイルリード様?」


 何事かと首を傾げますが、スイルリード様は微笑んだまま私の正面に立ち、そして片膝を地面につけられました。


「ちょっ、スイルリード様!?いけません!お召し物が汚れてしまいますわ!」


 慌てて立ち上がり止めようとしますが、スイルリード様は頑なに止めようとはしませんでした。


「ウェルディーン嬢……いえ、クリスティーナ・ベル=ウェルディーン嬢。」

「は、はい!」


 改まってフルネームで呼ばれたことで、クリスティーナは反射的に肩と足に力を入れてピンと立った。


 それはクリスティーナにとって既視感のあるシチュエーションだった。


 約一年前、学院のボールルームでスイルリード様は今と全く同じ状況でユナウに告白しました。



 完全なデジャブ。

 でもでも、スイルリード様はユナウのことが好きなはず。

 私なんかにまさか、ね?



 絶対に違うと分かっていても、期待せずにはいられない。


 クリスティーナは心の中で驚嘆していた。


「もし宜しければ、この手を取って下さいませんか?」


 そう言ってスイルリード様は、恰好はそのまま、右手をこちらに差し出してきました。


「それはどういう……。」

「私の妻となって、共にスイルリード家を支えて欲しい。私と共に人生を歩んで欲しいということです。」


 期待していた事態――。

 本当だったら嬉しい気持ちで一杯のはずなのに、それよりも〝どうして〟という気持ちの方が強く、突然の告白にクリスティーナはただただ混乱した。


「ど、どういうことですの!?だってだって、スイルリード様がお好きなのはユナウではないのですか!?ユナウの方が私なんかよりもずっと素敵なのに、私ではとても釣り合いが取れませんわ!!」


 望んでいたはずなのに、実際にそれが現実になると思わず否定してしまう。


 そんな自分にクリスティーナは悲しくなった。


「そんなことはありません。ウェルディーン嬢もとても素敵ですよ。」


 その言葉に、クリスティーナは顔が熱くなるのを感じて思わず目を逸らした。


「確かにウェルディーン嬢の仰る通り、私はユナウさんのことが好きでした。」


 続くスイルリード様の言葉に今度は気持ちが沈んでいきました。

 先程から心が揺さぶられて全然落ち着きません。


 こんなことでは淑女の名折れです。


 クリスティーナは一度深呼吸して心を落ち着かせた。


 ガイラもそれを待ち、目が合ってから再び口を開いた。


「ですが卒業式の日、あの戦争の中で自分の無力さに打ちひしがれていた時、貴女に鼓舞されて思ってしまったんです。『この人と人生を添い遂げたい』と――。」


 あの日の記憶を思い出すように目を瞑るスイルリード様に、私の心は不意にもときめいてしまいました。


「私にとって、ユナウさんが好意を寄せている女性であるのは今も変わりません。ですが、それ以上に私は貴女に夢中になってしまった。ユナウさんより、貴女と共に人生を歩みたい。」

「で、でもあの時、リべルド様に協力を仰ぎに行った時、スイルリード様は仰ったじゃありませんか。自分の命を賭してでも愛した女性を守りたいって。」

「はい。言いました。『貴女を守りたい』と。」

「えっ……?」


 その言葉にクリスティーナの頭は真っ白になった。


 ガイラの言っていることと自分が考えていたことに、あまりに差異があり過ぎて受け止めきれなかった。


「あの時私が言った〝愛する人〟というのは貴女のことです。ミス・ウェルディーン。」

「わたし?ユナウではなく?」

「はい。あの時私は貴女を好きになりました。そして同時に、あの戦場で自分の非力さを知った私は、例え自分が命を落とそうとも愛する貴女だけは絶対に守ると誓ったんです。だから、あの時父上にあのような宣言をしたのです。父上だけでなく、自分の心を奮い立たせるために。」



 まさかスイルリード様がそんな風に思っていただなんて――。



 すっかり勘違いしていました。

 あの時の私は無我夢中で、大好きなスイルリード様を助けたい、とそれだけを思っていました。


 あの時自分が何を言ったかは正直はっきりとは覚えていません。

 ですが、私の想いはスイルリード様にちゃんと届いていたみたいです。


「改めてもう一度言わせてください。私は貴女のことが好きです。ユナウさんから簡単に心変わりしてしまうような卑怯者の私ですが、それでも良ければどうか、共に人生を歩むパートナーになっていただけませんか。」


 クリスティーナは瞳が潤うのを感じ、目に力を入れてグッと堪えた。

 それでも溢れる涙は止まろうとせず、微笑む口元の横を一筋の雫が零れ落ちた。



「はい。喜んで――。」



 そう返事をするとともに、クリスティーナは差し出された手に自分の手を重ねた。


 直後、ガイラは飛び上がるように満面の笑みで立ち上がった。


 そうして二人は暫く互いの目を見つめ合う。

 微笑みを浮かべながら、お互いの顔が徐々に近づいていく――。


「そうか、そうか!あの時のお嬢さんがお前の愛する人であったか!」


 突然聞こえた声に、ガイラとクリスティーナは人生で二度と出来ないであろう速度で反対に首を捻ってお互いの体から離れた。


「おっと、すまん。もう少し空気を読むべきであったか。」

「い、いえ、一体何のことやら……。」

「そ、そうですわ!私達別に何も……。」


 二人のその初々しい様子にリべルドは満足げに頷いた。


「うむ。素敵なお嬢さんだ。お前は見る目があるな、ガイラ。」

「そ、それはどうも……ありがとう御座います。」


 スイルリード様は顔を真っ赤にされて頭を掻いていました。

 その姿に何だか嬉しくなってしまいます。


「良かろう。スカーレット家には儂から断りを入れておこう。」

「良いのですか、父上?」

「良い良い。元はといえば儂の身勝手で進めた話だ。お前の爵位に傷をつけるようなことはさせんよ。」

「ありがとう御座います!」


 ガイラは頭を下げると同時にホッと胸を撫で下ろした。


 一番の悩みであった〝スカーレット嬢との婚約〟をどう断るか、それが解決したことで一気に肩の荷が下りた。


「そういえば父上、ユナウさん達を見かけませんでしたか?」

「いや、見てないが、一緒ではないのか?」

「さっきまで一緒だったのですが、逸れてしまって……。」


 大通りの人混みの列を注意深く見てみますが、やはり二人の姿はありませんでした。


「まったく、本当に何処行ったのかしら、あの二人。もう花火が始まっちゃうわよ。」


 クリスティーナ達はその後も屋台を回ってユナウ達を探し歩いた。

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