ウェル・グレープスの二人部屋
俺たちが連行されたのは部屋の一つだった。物置としてか、雑多に箱なんかが置かれていたりするが、一応部屋らしく古びたベッドが二つに、使い古された調理器具なんかが壁にかけてあったりする。窓は一つだったが、市街までが良く見えた。
「ここ……だれの部屋なの?」
「元々ウェル兄の部屋だったらしいよ! 今は、部屋も空いてるからそのままにしてるんだって」
へえ、と俺とココアは部屋を見渡した。彼が幼年期を過ごした場所か。と、ココアが疑問を口にする。
「2人部屋……だったり、したのかな。ベッドが二つある」
「ああ、確かに」
「昔は孤児院も人が多かったらしいから、ウェル兄ともう1人の部屋だったらしいよ!」
へえ、と相槌を打つ間も無く、俺は孤児院の少年の1人が横に飛びついてきた。ぐは、と声が漏れる。
「兄ちゃんも魔法使えんの!?」
「いたた……ああうん、一応は」
「「おおーっ」」
歓声が上がる。なんでだ。
俺は改めて子供たちを見渡した。好奇心旺盛そうな男の子と女の子が2人ずつ。あとは、もじもじしている男の子が1人と、ぬいぐるみを抱えている一際小さな子がいた。
「……名前を聞こうか。俺はグレイってんだ」
「わたしは……ココア。ココアシュガーユー、っていうんだ」
子供たちは一斉に言葉を発する。
「サン「リト!「わたしはアン「ザネリっていうの、可愛いでし「俺がルート! よろしくな」って」ね!」
「だ、だれがだれだって……アンザネリ?」
「アンがわたしで、ザネリはこっち!」
頬を膨らませる彼女たちに、ごめんごめん、と謝りながらも、魔法をせがまれたココアは、水球を空中に浮かしたりなんかしていた。
中級魔法を操る彼女からすれば朝飯前だとは思うが……ウケはとてもよかったみたいで、彼らは目を輝かせてそれを追っている。
『……私の悪魔の能力をこんながきんちょ共への見せ物にしたらもう一生力なんて貸さねえとこだったぞ』
「今起きたのかサタン。寝起きに怒りっぽすぎるんじゃないか?」
『憤怒の悪魔は苛つくのが仕事なんだよ、邪魔すんな』
俺はサタンと心中で会話しながら、窓に近付く。しばらくはココアが子供たちの相手をしてくれそうだ。彼女は水の球をいくつか浮かべて、子供たちにせがまれながら助けてー……とでもいうように俺に目線を送っていたが、もう悪魔の力が弱まった以上、ちょっとしたコミュニケーション能力は必要だぞ。と、にべもなく俺はその場を離れた。裏で嫉妬を超える怨嗟の念が渦巻いている気もするが、まあ気のせいだろう。
窓枠に座って、遠く見える市街を見ながら、思いを馳せる。
「……アーネット様は元気かな」
『まーたそれか』
「これは俺の人生の目的だから、な」
フランクス侯が討たれるまであと四日だ。だが……
「責任を思い知ったよ」
『責任ん?』
「市街でもたくさんの人がそれぞれの人生を持って生活してることを……再確認しちまった」
『ふーん、それで?』
「…………」
『おいおいグレイ、しっかりしてくれよ。てめえの怒りは、あの小娘を護るって目的のために燃え上がってく。余計な水を刺すんじゃねえぜ』
「分かってる。俺は……」
手のひらを握りしめる。つい最近も誓ったはずだ。俺はヒーローや英雄になるつもりはないと。
と、窓枠に置いてあった額縁が目に入った。それを手に取る。
「これは……」
『ん? あの料理人か』
そこには少年と少女が、この孤児院の扉の前で立っている写真だった。片方はウェル・グレープスだ。かなり幼く見える。見た目から、ちょうど彼が帝都に呼ばれる前……?
そしてその横には、短い赤髪の少女が立っていた。笑みをたたえて、ウェルと手を繋いでいる。服はウェルと同じく、だいぶ擦り切れているけど、それでも元気そうにウェルとその少女は立っていた。
「ウェルと同室だった子かな」
『はー、そうなんだろ。しかしグレイ、お前最近激昂しないから私はちと腹減ってきたぜ』
「そういうシステムなの? お前の悪魔の力って」
俺はその写真を置いた。まあ次彼にあった時にでも聞けばいいし、そもそも過去を詮索するなんて不躾だろう。
そろそろココアの魔法もバリエーションが少なくなってきているらしい。よし、と俺は腕まくりをする。
『……おい、グレイ。やめろよ、絶対にな』
「次は俺が空飛ぶ火の輪を見せてやろう」
『グレイ! てめーそんなクソつまんねえことに! この! 大罪の悪魔たるこの私の魔力をーーー! うおおおーーやめろー!』
俺の炎の輪は子供たちには大盛況だったけど、サタンは結構拗ねたらしくしばらく口をきいてくれなかった。
悪役令嬢の元貧民執事、人生二度目をやり直す ~時を巻き戻す力を手に入れた俺は、今度こそあの娘を救うため世界に立ち向かいます~ 上井 @SEIYU_Y
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