久々の友人との外食

「へえ、そんなレストランがファーラウェイ領に」


 翌日、日中作戦室に戻った俺は、ハイレン、スウィッツ、ココア三人に昨日よったレストランの話をした。


「思えばもう五日ほど、外食はしていないな」

「ハイレンは何を食べてるんだ?」

「最近は……ファーラウェイが出してくれる飯を適当に……」


 傭兵や物資なんかを「イーター」対策のために調達しているハイレンは見るからに疲れていた。目にくまなんか作っている。


「うちもわりと大変でね。既に「イーター」という帝国に現れた殺人鬼の噂は帝国中を飛び交っている。ファーラウェイ領内のみでしか被害がでてないとはいえ、軍務卿も帝国内部全体の警備を強化しないわけにはいかなくてね……」


 スウィッツも目をこすりながら愚痴る。


「特に、王城の警備にかなり人を取られてる。王族直下の軍がもうあるってのに、宰相はもっと帝都の警備に人をさけってずっと伝令を寄越してくるぐらいだ。そのせいで、ファーラウェイ領に派遣してこれる兵も数を減らしてる」


 だいぶストレスが溜まっているみたいだ。そこでのびをしながらハイレンが口を開く。


「それで? グレイ。その店は近いのか?」

「ああ、まあ」

「ふむ、俺はなかなか食には厳しいんだ。帝国内の料理雑誌にコラムを載せてるぐらいには」

「あれお前だったのか」

「そんな俺としては、秘境的な店と言われたらけっこう気になるじゃあないか。休息は必要だ、俺たちで向かってみようじゃあないか」

「わたしも結構気になるかも……」


 そんな二人の声もあって、俺たちはグレープスに向かうことになった。

 扉を押し開くと、からんと鈴の音とともに、いつもの店主が手を軽く振る。


「きみは昨日の。よく来てくれたね……と、後ろは友人かい?」

「まあ、そんなところです」

「こ、こんにちは」


 ココアがおずおずと頷いて、ハイレンとスウィッツは軽く挨拶をする。彼らは勿論お忍びってことになってる。まさか五大貴族が二人そろって下町に訪れているなんて公表するわけにはいかないのだ。


「四人かな?」

「はい」

「じゃあメニューから選んでくれ。今日のおすすめはパスタだよ」


 彼は上機嫌に厨房に消える。その茶短髪の背中を見送って、ハイレンが俺の裾を引っ張って言う。


(おい、めちゃくちゃ若いな、あれが店主か?)

(そうだよ)

 (おいおい、ほんとに美味いのかあ?)


 そうこうしているうちに、ココアとスウィッツは談笑しながら注文を決めたらしい。俺たちも急いでメニューを見る。


「私はパスタで」

「わ、わたしも同じでお願いします」

「それじゃあ、俺は今日のおすすめの方で」


 各々の注文を聞くと、彼はよしと裾をまくって目の前で調理を始めた。

 スパイスの匂いが香ばしく、ココアはあからさまに唾を呑み込んでいる。彼女は親をうしなってから良い食事をとってなかったらしく、その反動か――今はけっこう食う。


「お待たせしました」


 しばらくハイレン達は店内を見渡したりしていたが、グレープスが皿を持ってきた。


「では――頂こう」


 ハイレンが優雅にフォークを手に取る。そんなテーブルマナーがしっかりしてたら貴族だってバレちゃうんじゃないのか。


「ん……いける」

「美味いな、ここは」


 スウィッツもハイレンも、けっこう肥えているだろう舌を満足させられたそうだ。俺はその様子を片目に店主に話しかける。


「ウェル・グレープスさんでしたっけ」

「ああ、ぼくかい? そうだね」

「この店はいつから?」

「そうだな……もう7年前になるかな? ぼくが18の頃に開いたからね」


 彼は思い出す様に目を細めていた。


「……実はぼくは孤児でね。小さな孤児院で料理番をしていたところを、帝都の大きなレストランのコックに引き取られて、しばらく修行したのさ」

「それは。すごいですね」

「ただ、その五年後にぼくを引き取ってくれた人が亡くなってね……そのまま雇ってもらってもよかったんだけど、元々の生まれ故郷だったここに戻ってきたんだ。今は」


 彼は脇に置いていたバスケットを目で指した。


「その孤児院にも差し入れにいったりしているよ。これがそれさ」

「それって……貧民街の離れの、フルチェロ孤児院ですか?」


 ファーラウェイの執務をしているときに見たことがある気がする。アーネット様は孤児院に寄付をしている、その中のひとつだったような気が……


「ああ、そこだよ! きみ、知ってるのかい?」

「ええっと……ファーラウェイ家の関係で、寄付の書類を見たことが……」


 適当に誤魔化す。ハイレンやスウィッツの目が痛い。誤魔化し方が下手なのは知ってる……

 と、そんなことをしていると二人組が店に入ってきた。客のようだ。


「ああ、いらっしゃい」


 ウェルはにこやかにそれを迎えると、俺に耳を寄せて言った。


「知ってるなら都合がいい! これからこのバスケットを差し入れに持って行くつもりだったんだけど、お客さんが来ちゃいましてね。よければ行ってくれませんか?」

「構いませんが……」

「いいじゃないか、グレイ」


 ハイレンも口添えをしてきた。


「俺とスウィッツはまだ書類が残ってるから戻るが、ココア君と行ってきたらいい。ファーラウェイ領の見回りも立派な仕事だろう」

「それなら……そうだね、わかった」


 承諾すると、ウェルはありがたい、とにこやかに微笑んで俺たちにバスケットを渡した。

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