レストラングレープス

 翌日、起きると太陽は登っていた。

 昨日……いや、今日の早朝か? 警備が終わったのはその辺りで、その後すぐに俺は眠ったから……これでも数時間しか眠っていない。

 忘れかけるが、今は夏休みだ。本来学生たちは羽を伸ばすときだが、俺はこの件を解決できるまではろくに動けないな。

 と、腹が鳴る。食事を体が求めていた。


「やっぱ食欲って、強い欲求だよな」

『あ? まあそりゃ、食わなきゃ餓死するしな』

「その強度が奴の強さになってるのかな」


 俺は宿舎を出る。眩しい日光に目を細めた。

「イーター」の影響だろうか、市街を歩いている人も少ない。それに伴って開いている料理店も、見る限りけっこう少なかった。


「まずいな、このままだと腹を空かして死ぬ」

『やめてくれよ、そんな一番謎な終わり方は……』


 しばらく道を歩く。人通りは少ないどころか、去年の記憶にあるごったがえした街並みは今では人っ子一人歩いていないゴーストタウンのようだった。


「確かに出歩くには怖すぎるか」

『「イーター」は無差別であることが既に分かってる。こんなときに歩き回るような自殺志願者はいねえよ』


 大通りの店は軒並み閉まっていた。困り果てながら小路地に入る。少し歩いていると、小さな扉とOPENの板が目に入った。「レストラングレープス」。

 なんか聞いたことがある気もする。隠れた名所というか、美味い店特集だかなんだかで見た覚えが……あるようなないような。


「こんな所にあったんだ」

『ん? お前この辺知ってたっけ』

「ここもファーラウェイ領だしな。家の付き合いで色々見たり歩いたりぐらいは」


 空腹も限界に来ていた俺は、その扉を開く。

 外から見るよりも、思っていたよりも広い店内。

 テーブルは四つくらいで、カウンター席に椅子が六つほど並んでいる。


「ああ――いらっしゃい、珍しいな」


 カウンターで暇そうに頬杖をついていた青年が立ち上がった。


「今開いてます?」

「ええ、お好きな席にどうぞ」


 俺は紙が束ねられたメニュー表を開きながらカウンターに座った。

 わりと良さそうで、値段もちょうどいい。


「ご注文は?」

「えっと、そうだな……スパゲティを」

「かしこまりました。他は?」

「以上で」


 青年は簡単に注文を受けると手早く裏の厨房に回って調理を始めた。

 その間、手持ち無沙汰な俺は店内を見渡す。

 結構いいセンスの店だ。まあ、肝心なのは味だろうけど……


「お待たせしました」


 とん、と皿が置かれ、芳香なトマトの匂いが漂ってくる。

 俺はごくりと唾を飲み込んでから、フォークでくるくると麺を巻いて口にした。


「……うま」


 驚いた。帝都の名店なんかと同じくらい美味い気がする。

 皿をすぐにたいらげた俺は、ふうと一息をついて背もたれにもたれかかった。


「どうでしたか?」

「ああ、美味かったっす」


 青年が気さくそうに声をかけてくる。年齢は20を超えたくらいだろうか? 料理人の格好に、青い髪を軽く後ろで纏めている、結構真面目そうな雰囲気の男だ。


「お口にあったようで何よりです。最近はお客もだいぶん減ってましたしね」

「ああ、「イーター」で出歩く人間も減っているってやつすか」


 その言葉に、彼は苦笑する。


「商売あがったりですよ、それでも大通りの料理店が軒並み閉まってるから、うちに人が流れてくれるようになったにはなったんですが……」


 そもそも、俺もたまたま見つけたような小じんまりとした店だ。大抵の人が気づかないだろう。

 しかし、雰囲気も味もいいし気に入った。もし機会があれば、お忍びの時のアーネット様なんかをお誘いしてもいいかもしれない。


「すみませんね、お客さんにそんなこと言ってもどうにもなりませんでした。で、お客さんは観光で?」

「いや……そうだな、俺は実はイーターの対策で帝都から派遣されてきてます」


 俺は市民には基本的にファーラウェイ候執事だってのは伏せておくことにしている。

 余計な事態を防ぐためでもある(金持ちの家の人間を無差別に狙う輩は多い)し、ここはファーラウェイ領のど真ん中だ。下手にかしこまられても困る。


「へえ、随分お若いのに! 騎士団か何かですか?」

「まあそんなとこです。そうですね……イーターに関して何か噂とか流れてたりします?」


 適当に情報収集に走ってみる。何か、市民の中だけで語られている話なんかないものか。


「そうですね……前々から語られている以上のことは特には」

「まあ、そうか……いや、ありがとうございます」


 お代を払った。明日も開いているのかと問うと、はいとのことだ。大通りの店はあらかた閉まっているし、これからはここに来てもいいかもしれない。

 扉を押し開けると、最後に青年が声を投げかけてきた。


「お聞きしていませんでしたね。お客さま、お名前は?」

「グレイ。アールグレイ、だ。そちらは?」


 青年はコック帽を取って会釈して言った。


「店名は僕の家名から取ってるんです。僕はウェル。ウェル・グレープス。ぜひ今後とも、レストラングレープスをご贔屓に」

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