半年ぶりの別邸
「――――アールグレイ君!」
厳格そうな声色に、少し焦りを含んだその言葉で目を覚ます。
「グレイ! 起きたか」
身体を起こすと、ハイレンにスウィッツにココアが心配そうに俺を覗き込んでいる。そしてその後ろには――――
「フランクス候……お久しぶりです」
「私に心労をかけさせるんじゃないぞ……調子はどうだ」
溜息をつきながら、腕をくむ彼に俺は申し訳ありません、と謝りながら身体を軽く動かしてみる。
「問題ありません。あの後はどうなったんですか?」
ハイレン達が目くばせをして、すぐに彼が話し出す。
「君は果敢にもあの「イーター」に立ち向かったが、魔力を暴発させた奴に返り討ちにされた。俺は空いた馬車に皆を詰め込んで、俺が全速力で馬を走らせたんだ」
「ハイレン、馬にも乗れるのか」
「俺はなんだかんだ優秀なんだよ。改めて感謝したまえ」
正直、助かった……。疲労した身体からは魔力ももうかなり抜けていて、HRGを発動させられそうにもない。あのまま俺が死んでいたらと思うとぞっとする。
その様子を見て、俺に問題はなさそうだと見たのか、フランクス候は席を立った。
「全く……うちの領土で事件を起こす奴は勿論、我が家の威信にかけても捕らえるが、君もきみだぞアールグレイ。あまり自分から危険に身をさらすな」
「すみませんでした」
フランクス候は小言を言いながら部屋をでる。
「……フランクス候、最近ファーラウェイ領で凄惨な事件が相次いでるせいでかなり参っているそうだ。あまり気に病むなよ、グレイ」
「ありがとう。それより、例の犯人なんだけど」
その言葉に空気が硬くなる。
「……まだ見つかってない。帝国は五大貴族の俺たちが襲撃されたことをかなり重く見て、この近辺にかなりの兵を出したんだけど、それでもまだ」
「クソ……舐めてたな」
……俺の力が、悪魔の力に対抗できると思い込んでいた。ともすればHRGを使えばいいと。軽々に友人を危険に晒したことを悔やみ、これからはこんなことはしないと誓う。
「それを言うなら俺もだ……俺の力が通用しないとは思ってもいなかった」
ハイレンも悔やむように言う。重くなった空気を払拭するようにスウィッツが言った。
「まあ反省はおいおいすればいいさ。今日はファーラウェイの晩餐にあずかろうじゃないか」
「それもそうだよ……グレイくん。まずはご飯食べなきゃ」
雰囲気を変えようとするスウィッツに、おどおどと同意するココア。少し元気づけられた気がして俺はそうだな、とベッドから立ち上がった。
「グレイ! 久しぶりじゃあないの……って、ええー!? 横にいるのはレスト様!?」
「おや、私を知っているのかい」
「と、当然です……お美しくありながら賢く、また強いかつ正義感も人一倍とも言われるスウィッツ様のお話は帝国でも有名ですよ」
別邸でメイドを続けているフレンが、半年ぶりに会う俺と会った最初の反応はそんなんだった。俺たち四人と対面してすぐそんなことを叫ぶんだ、スウィッツほんとに有名なんだな。
「え、俺は? 俺、ハイレンって言うんだぜ、よろしくな。可憐なメイド君、お名前は?」
「はい、フレンと申します。ファーラウェイ家のメイドとして迎えさせていただきますね」
「なんか淡白じゃない? 俺、俺だよ……ロスタールの嫡子、ハイレン・ロスタールだよ……別に畏まってもらいたいわけじゃあないけど……」
「ええ!? ロスタール伯の!?」
ハイレンはなんか気付かれてなかった。明らかにしょぼんとしていてちょっと可哀想な気もする。
「グレイ! あんたなんでこんな人たちと友人なのよ!?」
俺の耳を引っ張って耳打ちしてくるフレンに、いたたた……と俺は耳をさする。
「やっぱ有名人なんだな、スウィッツもハイレンも」
「わたしは不有名でごめんね……」
「別にココアが気にすることじゃあないけど」
ココアは居心地が悪そうだった。まあ、例の事件からまだ一か月だ。それまで心身虚脱の状態だった彼女に、突然ここまで動かせたのは少し申し訳なかったかも。
「……し、失礼、取り乱しました。ご夕食の用意が整っております、皆さまどうぞお進みください」
しかし流石はメイド歴も長いフレン、すぐに従者の顔を出して、俺たちを案内する。
フレンの鋭い眼に冷や汗をかきながらも、俺は食卓についた。
しばらく眠っていて腹を空かしていた俺はかぶりつく。なんだか、ここで飯をいただくのがとても懐かしい。
アーネット様に初めて拾ってもらった、遠いあの日を思い出した。
あのときも、この机について、初めてのまともな食事を恵んでもらったのだ。
そしていま周りを見渡すと、フレンと会話しながら慣れなさそうにに食事をするココアや、こんな所に来てまでいがみあいながら、けっこう優雅に食事をするハイレンとスウィッツが目に入る。
……今の俺は、前世では考えられない程恵まれた人間に囲まれている。
アーネット様のことだけを考えて、一直線になっていたことを再び反省しながら、俺はパンを齧った。
「――――困るね、「
豪奢な部屋の中央で男がベッドから立ち上がる。
「失敗したのか……折角、契約者を二人一気に始末するいい機会だったんだけれど」
彼は窓際まで歩いていくと、すぐ傍の紙束を手に取ってぱらぱらとめくる。
アールグレイやココアの写真の載った書類が捲られた後、下の方にはハイレンやスウィッツの名簿、フランクス候までの写真が貼り付けられている書類がある。それらをざっと確認し直した後、彼はその紙束を放り捨てた。地面に落ちた紙束はばさばさと開き、丁度グレイのプロフィールが載っている書類が一番上になる。男はそれを踏んづけた。高価そうな紙に靴跡が残ることも気にせず、彼は歩き出す。
「ふむ――――しかし、アーネットのことになると猪なあの少年のことだ。騎士団が手を焼いていれば、いずれ自分から動くに違いない」
狙うべきはそこかな、と独りごちると、その男はその部屋を後にした。
後はただ、豪華な文様の記された紙束が、月の光に照らされているのみだった。
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