馬車の中で 急襲

ファーラウェイ領に戻る馬車で、俺たちは話を続けていた。


「しかしハイレン、お前やっぱり貴族なんだな」


 ハイレンが夏季休暇で視察に出かける、と言えばすぐに高級な馬車と十人ほどの護衛隊が配属された。現在のファーラウェイ領は危険だから兵を付ける予定ではあったが、思っていたよりも目立つことになってしまったな。


「ふん、ファーラウェイ領の問題解決に赴くと父に伝えれば、危険だと止められてな。仕方なく護衛隊を率いることでお許しを貰った」

「大変なんだな……」


 俺たちの話題はココアの話に移っていった。


「それじゃあ、ココアくんとグレイは元々知り合いだったのか」

「う、うん。私は……そう」

「ああ。彼女は俺がアーネット様に関わる前から市街で時折顔を合わせていて」


 適当に合わせた口裏で、俺たちはハイレン達を誤魔化すことにした。


「それで。今回ファーラウェイ領で起こってる事件ってのは?」


 俺たちが支度をする間に、ファーラウェイ領では殺人事件が多発し始めたという話は伝わってきた。本当に……と呟くスウィッツ達をよそに、俺は時が来てしまったと小さく呻いた。今だけでも明るみになっている事件の数は10を超えたらしい。

 スウィッツが、軍務卿の娘という立場から得た情報を話し出した。


「既に「ザ・イーター」という名は民衆の間でまことしやかに語られている。その名は恐れを持ってそう呼ばれる。理由としては……事件現場と遺体に、「歯形」が残されていたからだ」

「歯形?」

「ああ。まるで文字通り食ったように残っているその歯形から、犯人は魔物だとか食人鬼であるとか様々な推測が飛び交っている」


 俺はココアと目くばせをする。

「それって」

『ん~、十中八九悪魔の契約者だろうな』

(まあ……そうだよな)


サタンも同意らしい。


『私たち悪魔は人の意識、感情が結晶化したものだって話はしたな』

(ああ。それで?)

『この私、憤怒の悪魔「サタン」。そして嫉妬の悪魔「レヴィアタン」。この並びと来れば……経典の七罪、人間の願望の器は全て出揃っていると考えるのが自然だろう』

「憤怒に嫉妬――――傲慢に怠惰、強欲に色欲と……「暴食」か」

『歯形の殺人鬼、暴食の悪魔だと見ていいだろう』


 俺とサタンが話し合っているうちに、スウィッツ達は親交を深めてくれているらしい。


「それで、ココアくん。きみは水属性の秀才だと聞いているが」

「え、ええっ……ど、どうなんだろう」

「どんなんだろうとは、そう謙遜する必要はないさ。上級魔法を扱えるんだろう? 素晴らしいじゃあないか」


 ココアが助けてくれ、とでもいうように俺に目線を送ってくる。仕方なく俺はスウィッツに話しかける。


「スウィッツ、その辺りにしておけよ」

「おや、グレイくん。きみもわたしと戦闘してくれるのかい?」

「いいや、どうぞココアと心行くまで闘ってくれ」

「グレイくん!?」


 見捨てられたココアが子犬のような声でなく。そんな声でなくな……。

 しばらく馬車に揺られているうちに、じきに外が暗くなってくる。


「ファーラウェイ領はまだなのか?」

「もうすぐのはずだ。夜は危険だから気を付けろよ」


 馬車は見知った風景に入りだす。最後の山道を過ぎればファーラウェイ領に入るはずだった。

 と、その時馬車がひときわ大きく揺れた。


「何!?」

「どうした、御者、何してる!?」


 飛び降りたハイレンが叫ぶ。と共に、御者のうめき声が聞こえた。


「なんだぁ!?」


飛び出した俺の目に、深紅の大剣を構える影が映った。

いや、あれは大剣じゃ、ない……!?


「奴は!?」

「まさか……」


 頭に殺人鬼の噂がよぎる。しかし、以前の世界でも今回の世界でも奴は一人で孤立した人間のみを狙っていたはずだ。だからこそ、俺は集団での馬車で移動したはずなのに――――


「ぐああっ!」


 突撃した護衛の一人が、大きな傷を受けて吹き飛ぶ。

 その肩の服は――――歯形のように傷んでいた。

 俺は目を凝らして暗闇に光るその刃を見る。

 大剣だと思っていたそれは――――ばかでかいフォークだった。


「間違いない! 奴が「イーター」!」


 俺の声に、すぐにココアが窓から身を乗り出す。


「『ECWエンヴィーキャットワーク』!」


 彼女の目が水色に輝く。しかしその魔術は、奴の前で突然立ち消え不発に終わった。


「なんで――――!?」


 混乱するココアをよそに、俺は魔力を手に集中させる。


「『ファイアダガー』!」


 放たれたその炎を、奴は。

 その肌で思い切り喰らった。


「当たった!?」


 簡単に捉えた手ごたえに、素っ頓狂な声が出る。

 しかし、俺の思ったようにはいかなかった。

 気付くと、奴の身体の中で俺の炎が渦巻いているのを感じる。


「なんだ……?」


 その不気味な感覚に違和感を感じる前に、奴に放たれた水と炎の弾丸が俺を襲う。


「何――っ!?」


 対応する間もなく、俺は凄まじい魔力を身に受けて気を失っていた。

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