学園を出て

「グレイ! あなた、ファーラウェイ領に戻るのですね」


 アーネット様のその言葉に、俺は答える。


「ええ。アーネット様は、夏季休暇中も学業とのことで」


 魔術面でも非常に優秀な彼女は、夏季休暇中も学校で魔術研究を続けることになっていた。


「私もお父様に会いたかったですが……我慢しますわ」

「ご挨拶は俺がしておきますから、安心なさってください」


 アーネット様は元々帰る予定だったようだが――――それは俺が止めさせてもらった。

 これからファーラウェイ領では殺人事件が相次ぐはずだ。そんな危険な場所に彼女を行かせられない。

 本来ならフランクス卿にも退避してもらいたいのだが……流石に、俺の一存で執務のためファーラウェイ領に居るフランクス卿を、どうこうできるはずもなかった。

 少なくとも彼に死なれるわけにはいかない。ファーラウェイ家を大きく失脚させる一因になった出来事はまさしくそれだったからだ。


「では、いってらっしゃい、グレイ」

「はい――――行ってきます」


 俺はアーネット様に別れを告げると、学園に戻り、自分の寮で荷物をまとめる。

 そのまま寮を出ると……門の前で待ち構えていた二人とはちあった。


「………ハイレンにスウィッツ、なんでいるの」

「はん、友人が休暇に出かけると言うのだ、数日同行しても問題あるまい」

「それは。今回はよしといてくれないか」


 二人ははて、と首をかしげる。


「……あれ? ダメなのか?」

「今回は悪いけど」


 俺の断りに、二人は意外そうに言葉を続けた。


「なに、別に深い意味はない。俺たちも同時にファーラウェイ領に観光に行きたい程度の話なんだが」

「レスト家でも一度ファーラウェイ領への視察に伺ったことはあるが、そのときは父が主体かつ、軍務上の用地を見回ったのみだったからね。個人的に見聞を深めたかったんだが……」


 俺は少々心が痛むが、それでもがんとして彼らの誘いを断る。


「実は今回の帰省には……もう少し意味があって」

「意味?」


 俺は仕方なく、適当にでっちあげつつ真実を話す。


「地元で殺人が起こっているらしいんだ。しかも、無差別かつ連続だ」

「なに……? うちにはそんな話入ってきてないが」


 ……ミスった。軍務卿は国内の警備情報も担っているんだったか。


「まあ、俺の伝手での情報だ。だけど確かな筋だから、少し調査したい」


 本当は、その犯人を見つけたなら、俺は秘密裏にすぐに始末するつもりだ。俺は前回の世界ではアーネット様を守護する責務と共に、殺人の咎も負っている。

 襲ってきた盗賊や暗殺者を相手に、手を抜くことなどできなかったからだ。


 今回の世界でも――――俺はあの人のためなら、十字架を背負い続けることに迷いはない。


「――――しかし、それならなおさら俺たちは必要じゃあないか」

「なに?」


 その意外な台詞に俺は驚く。


「スウィッツはともかく、俺はロスタールの嫡子。かつ岩属性の申し子と呼ばれた男だぞ? しかも頭も切れるときた――――俺が協力しないわけにはいくまい」

「「スウィッツはともかく」? どの口が言っているのかなハイレンくん。この私こそ、帝国の安寧を守護する立場にいるのだ、君は言った所で教務卿だろう? 荒事は私に任せたまえよ」

「なんだと?」

「事実じゃあないか!」


 勇み合う二人をなんとかなだめながら、俺は失敗したか……? と頭を巡らす。


「しかし……ファーラウェイ領の問題だから……」

「ファーラウェイとて帝国の領土。俺たち貴族が臣民を守護せずに誰がやるのだ」

「いや……まあ、警備隊に頼むことにするから……」

「もちろん、殺人が事実だと分かればうちの帝国警備兵は動くぞ」


 どんどん逃げ道がなくなっていく俺。なんだかんだ二人は俺と夏休み暇をつぶしたいだけの気はする。貴族の責務ってのも……本心なんだろうけど。


「……分かった仕方ない。力を貸してもらうかな」

「よし! 全て俺に任せるといい、グレイ」

「私にだ!」


 再び会話を続けようとする彼らに、そうだ……と俺は口火を切る。


「……俺がファーラウェイ領に戻るにあたって、同行する奴がいる」

「なに!? 俺たちは断ったのにか!?」

「怒るなよ。彼女は……ファーラウェイ出身なんだ。それで、魔術適正も高い」


 再び適当をでっちあげた俺は後ろを見やる。柱の陰に隠れていた彼女は、肩を震わせて逃げようとするが、俺はその背をむんずと掴む。


「………彼女はココア・シュガーユー。成績優秀者だから、見たことがあるかも」

「ああ、水属性の天才と名高い彼女かい? 確かに知ってはいるよ」


 気まずそうに目を逸らすココアをしらじらしく見る。

 彼女がカンニング犯だという話は、一部の教師の中で秘されることになった。

 そもそも彼女が水属性の魔術師であるのに対し、実際のトリックは光属性のカモフラージュ・フラッシュだ。


 犯行の手口は結局不明という異常な不透明さを伴うこの事件は、少しばかり都市伝説みのある事例として残ることになった。

 ……HRGやファーラウェイの力を使って色々と事後工作はしたんだけれど、結局公には、カンニング犯の事件は「未解決」となっている。


「俺はハイレン・ロスタール。よろしく」

「私はスウィッツ・レストだ」

「あ、えっと……ココア・シュガーユー、です」


 借りて来た猫のような彼女。本来人前に出るのは苦手だったらしいが、俺に協力する以上もう少し人間力を身に付けてもらわないと困る。

 彼女は俺に莫大な恩と借りがある。アーネットの様だ、協力してもらわなければならない。 


(『グレイお前、けっこうあくどいよな』)


 何か聞こえたような気もする。気のせいだろ。


「しかし……疑うわけじゃないんだが、彼女は大丈夫なのか? 私は家柄上、色々と事件にも相対してきたが。殺人ともなると、一般市民を巻き込むのは」

「彼女は……思ったよりも強いよ」

「ほう?」


 スウィッツの目に灯がともった。ミスった。


「それは楽しみだね……いつか手合わせしたいものだ」

「それはどうだろう」


 少なくとも、これで俺はこの事件に対して、自分を含めて四枚のカードを切れることになった。

 教務卿の息子。軍務卿の娘。そして他人に乗り移ることができる禁忌の魔術に――――憤怒の悪魔。

 切り札はHRG。ECWもある以上、俺は奴とも対当に戦えるはずだ。


 結果から言うと――――俺は少しばかり、悪魔を舐めすぎていた。

 ココアは強大な力を手にしたとはいえ、何者かに操られた状態だったのだ。しかも彼女と真向から戦えたのは、彼女の契約悪魔「レヴィアタン」の助力あってこそだった。


 悪魔の力をその欲望のままに振るう人間がいるならば――――それは、その欲望が強いほど力を増すのだ。

 『暴食の悪魔』。ヒトの三大欲求に数えられるソレは、まさしく最強の一角に数えられる能力であることを、俺たちはまだ知らない。

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