イーター対策本部

「それでは……対「イーター」作戦会議を開始する」


 ファーラウェイ別邸にて。机にはファーラウェイ領の地図や目撃者、被害者の状況などが記されており、さながら作戦室のようになっていた。

 いるのは俺にハイレン、スウィッツ。あとは気まずそうにココアとフレンが端っこにいる。そんなすみっこで暮らさなくてもいいのに。

 そして、それよりも後ろでどっしりと座っているのはフランクス候だった。自分の領地で起こっている惨劇を、なんとしても早く止めたい思いなのは彼も同じなのだ。


「まずレスト家の帝兵だが……主に街の夜間警備や、領土での捜索を本格化させている。しかし、依然として状況は変わっていないのが現状だ」

「兵だって優秀なはずだ。その彼らが見つけられないのだから……」

「どういう仕掛けかは全く分からんが、奴は精鋭たちから逃げおおしている」


 スウィッツが腹立たしそうに書類をめくる。

 被害者のまとめられている紙を見て、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。


「私が庇護すべき国民をよくも……」

「落ち着き給え、スウィッツ。俺たちにできるのは冷静に現状を見極めることだ」


 そこにハイレンがその書類を覗き込みながら言う。

 

「……冷静さを欠いた。失礼」


 ……この二人、そしてアーネット様を見てよく考えてみると、五大貴族のうちの子三名が人格者であるのだ。

 時々抱く疑問ではあるが……なぜ、前世であの革命は、五大貴族の娘に手をかけるまでに届いたのか。

 確かにこの国で貧富の差は拡大し続けている。しかし、貴族の代表たる彼らを見ていても、とても疎まれ蔑まれるようには見えない。ましてや、革命と殺戮という手段で国を変えようとするほどのエネルギーが、なぜあのとき突然……。


「グレイ……くんはどう思う?」


 ココアのその言葉に現実に引き戻された。

 どうやら、今は敵が何者であるかについて考えているらしい。


「そうだね。やっぱり、特殊な魔法を使っているはずだ」

「だとすると、「歯形」が魔術行使に重要なプロセス――」

「ありえると思うよ……あ、ごめん、わたしの言うことはあんまり気にしないで」

「そういうな、ココア。きみの話はなかなか参考になる」


 俺は、暴食の悪魔のことを考え、そして自分自身のことに思いを巡らせた。

 最近考えることがある。

 ハイレンやスウィッツには、HRGのことを明かすべきなのかと。

 しかし、その考えはすぐに振り払った。


『――――いい判断だと思うぜえ、グレイ』

(サタン、やっと起きたか)

『ああ、だがよ――こいつらに、固有魔法を教えるってのは』

 (分かってる。流石に、リスクが高すぎる)


 目の前で議論を交わす彼らを見る。

 ハイレンは貴族として在ろうとしながら、貴族は国民を守護するものだと考え自ら鍛錬を重ねている。スウィッツも、軍務卿として国民の守護は崇高な責務だと考えている。立派な人間だ、俺のHRGを悪用しようなどとは考えないだろう。

 そして二人は――既に俺の友人だ。

 辛苦を分け持って欲しいなんて、妄想することはある。


『早まるなよ、グレイ』


 サタンが低い声で続ける。


『別に私だってこいつらを悪人だと思ってるわけじゃねえ。だが――――バレるぞ。誰かにな』


 HRGは、切り札だ。

 これなくして俺は、この先のすべての障害を砕いていくことは出来ないだろう。

 そしてそれは……ココアにアーネットを襲うよう呪いをかけていた、謎の黒幕に露見してしまうわけには、絶対にいかない。知る人間は、一人いれば充分だ。少なくともまだ早い。


 (まだ、話せない)


 心の中で二人に謝った。そして、誤魔化しながらも俺の仮説を話し始める。


「「イーター」の能力だけど、食う、能力なのは間違いないんだろうね」

「食う能力?」

「遺体に残された歯形や、食い破られたような扉。そう考えるしかない」


 二人が考え込む。ココアは、そこまで話していいの? という風に視線を送ってくる。それに軽く頷いて、俺は言う。


「経典に、暴食の悪魔が載っているだろ」

「ああ、『ベルゼブブ』かい?」


 暴食の悪魔。序列2位の悪魔にして、「食欲」という原始的欲求に関連する悪魔。


「『暴食の悪魔』――――みたいな権能を持ってる奴がいてもおかしくはない。例えば、大量の魔力を持っている人間が、ひどく飢えたときとかにそれに関連する固有魔法を発現したとかそういうのさ」

「「暴食」ね。確かに魔術とは人の願いを叶えるものだ、「食欲」の先に、何か途方もない力が隠されているかもしれないが……」

「俺はそれで間違いないと思う」


 俺はそう告げた。


「……早計じゃないか? グレイ」

「いや。現に、この量の兵から逃げながら悠々と殺人を行っているんだぞ」

「まあ、それもそうか」

「今回の件の犯人は、暴食の能力を持った者の可能性が高いはずだ。警戒して当たらなくちゃならない。強い魔力を持つ者じゃないと、「イーター」は倒せない可能性が高い」

「そう、か。それもそうだな、もし事実だとするならそういうことになる」


 スウィッツも同意してくれた。

 最終的にこの作戦会議は、「イーター」打倒のため引き続き行われることになり、奴の傾向や場所などから、兵の警備を担当させる場所などを考えた。

 特におれたちは、一度奴に襲撃されている。顔は見えてはいないが、雰囲気は感じられるはずだ。

 また、サタンも頼りにしている。前回は折が悪かったが、他の悪魔が接近してきたときに教えて貰えれば、日中でも可能性はある。

 こうして俺たちは、本格的に「イーター」討伐に動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る