ココア・シュガーユー

 ココア・シュガーユー。彼女は、ただの少し裕福な平民の娘だった。


 彼女は幼い頃から、勉学においてその才を見せており、魔術学に対してもそれは発揮された。当然両親もその将来に期待することになった。

 しかし……やはり平民の出ということなのだろうか。皮肉にも、彼女は魔力には恵まれなかったのだ。

 両親はその失望からか、魔力を後天的に身に付けるなどという詐欺めいた異教にハマり、その禁忌を犯したがゆえに国を追われた。


 残されたのは、何も知らぬ齢9歳の少女一人であった。

 幸い彼女は生きるのに困らない程度の金は残されていた。その金で国立の初等部学校の寮生とはなったが、彼女には金以外何も残されていなかった。


 マキナ教を国教とするこの国において、異教信仰は最大の禁忌であった。彼女は反逆者の子として頼る人間もおらず、陰湿な貴族の娘たちに虐められる生活を送ることとなったのだった。


 そんな彼女が、目に映る人間に嫉妬し始めるのは当然だったかもしれない。

 そして、その想いが爆発したのは……彼女が入学した初等部の、入学式でのことだった。

 彼女が講堂に入ると、裕福そうな生徒たちが多く椅子に座っており、そしてその隣にはその親たちが座っていた。隣に座る大人がいないのは彼女一人だけであった。そして式が始まると……壇上に呼ばれ立つ生徒の一人がいた。


 金の髪を靡かせ、澄んだ碧色の瞳を持った彼女は優雅に階段を登る。ココアはすぐにその少女に目を奪われた。


「……新入生代表、アーネット・サン・ファーラウェイです」


 彼女の美しい姿と声に、会場はアーネットの姿を目に焼き付けようとやっきになる。ココア・シュガーユーですら、壇上のその少女のことは知っていた。既に魔術でも才能を開花させているらしい彼女。五大貴族の頂点であり、すべてを与えられ、すべてを持っていた少女。彼女を見たときに……ココア・シュガーユーの嫉妬心は限界を超えた。


 何故彼女は全てを持っていて、私はこれっぽっちのものしか持っていないのか。魔術でも敗け、地位でも敗け、力でも敗ける自分には何が残っているのか。

 その肥大した妬ましさは――――悪魔に届くほどであった。

 そしてココア・シュガーユーは悪魔と契約し、著しい魔力を得て、魔術学校に入学した。




 アールグレイは市街を歩いていた。……否、アールグレイではない。灰髪の少年の姿ではあったが、その意識はココア・シュガーユーのものだった。乗り移った彼女は、ある場所を目指して道を歩いていた。


(この方向だったはず)


 ココアが曲がり角を曲がると、ひときわ大きな屋敷が、その大きな門をかまえて立ちはだかる。


(あった。ここが――――学院に通う今のアーネットの別邸)


 アーネット・ファーラウェイが寮ではなく、特別にあてがわれた学園近辺の屋敷に住んでいるという情報は先に手に入れておいた。

 それがこの屋敷だということも、関係者の身体を奪って確認した資料で知っている。


(今から、アーネット・ファーラウェイは大きな罪を犯すことになる)


 ココアはうつろな目で屋敷の奥を睨んだ。あの少年に素性がバレてしまった以上、ここでことを全て済ませてしまおうと彼女は考えていた。

 以前から進めてきた計画……アーネットの指示によって、大規模な内紛を含む戦争が引き起こされることになる、その大規模な計画。


 次に起こる戦争の引き金をひいたのが、まるでアーネットであるかのように見せかける、彼女を陥れるためだけの策略だ。

 思いつきで始めた計画だが、アーネットの失脚を望むものは存外多かったらしい。とんとん拍子に進んだそのコトを、今ここで最終段階に進めてしまうのがココアのもくろみであった。


 (……本当にいいのだろうか)


 彼女はふと不安を感じる。この感覚は時折あった。突然自分の自制心が芽生えたかのような。それは暴走させた嫉妬心を咎める最後の良心なのだろうか。

 その度に、頭を過ぎる言葉がある。


『……きみは優れた存在だ。その妬みと執念がもたらしたそのも。きみには、他者を貶める「権利」がある』


 その謎の言葉。言われたことはないはずなのに、頭に響くその言葉を思い出すたびに、彼女の嫉妬心はそれを増していた。

 この身体の持ち主。アールグレイという少年に対しても同じだった。元平民でありながら、貴族に拾われ、そこで魔術に対して多大な才能を見出されて国立魔術学院に入学。まさに完璧な人間だった。入試試験で、をしなくちゃ入学できなかったような自分とは違う。


 ココアは入学試験中、周りの人間に乗り移りまくってその解答用紙を盗み見て、それを写したのだった。つまりカンニングだ。

 しかしその行為を行って入学しても、むしろ周囲の生徒たちとの格差は開くだけだった。自分は不正をしたという負い目は、いつか何不自由なく生きていける彼らへの妬ましさへと変わっていったのだ。

 と、左目の奥がちりりと疼く。すぐにそれは大きな意識の流れとなってココアを襲った。


「な……なに!?」

『ごめんよ、ココア』

「レヴィアタン!? これは何! 一体何をしたの!」

『今のあんたは普通じゃあない! ちょっと待っていてさえくれりゃ、すぐ終わる!』


 だんだんと視界がぼやけていく。ファーラウェイ別邸の真ん前で、そのままココア・シュガーユーは、そしてアールグレイの肉体はその場に崩れ落ちて意識を失った。

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