朝の陽だまりの中で

 朝日の陽光が差し込む路地裏。

 二人の人間が、倒れている。

 片方は紫色の髪の少女。そしてもう片方は、灰色の髪の少年。

 そしてその二人のうち、一人が身じろぎをして立ち上がる。

 ……灰色の髪の少年の方だ。彼が、立ち上がった。


 彼は自分の手を眺めたり背中に手を伸ばしたりしていたが、すぐに横に転がっている紫の少女を抱きかかえる。

 そして街に一歩踏み出すと、路地の近くの小さな宿屋に寄った。

 宿賃を財布から払い、指定された部屋に入る。

 そして彼は、そこのベッドに紫の少女の身体を寝かせた。


 彼は、そのままその宿屋から出ると歩き出す。

 歩む方向は、国立魔術学校の正門。

 彼の考えていたこと……いや。の考えていたことはこうだった。


(身体は、ファーラウェイの従者の身体らしい)

(うまく使えば、アーネット・ファーラウェイをどん底に叩き込むことだってできるかも)

(この身体に入れたのは僥倖ぎょうこうだった)

(だいぶ時期は早いけどこのまま――――計画の最終段階に移ってやる)


 彼女。ココア・シュガーユーは、アールグレイの身体で歩きながら、そんなことを考えていた。




『……「乗り移り」、か』


 サタンは一人。広い暗闇の中で、ため息をつきながらぼやく。


『あの小娘の能力は、他人を操る、なんて生易しいものじゃあなかった。「完全な乗り移り」。まさに規格外の能力だ』


 と、彼女の背後で呻き声を上げながらグレイが起き上がった。


「……サタン?」

『おう、グレイ』

「俺は……どうなったんだ」

『身体を奪われたな。あの小娘の能力は、操るなんてものじゃあない。「乗り移り」だ』


 サタンから話を聞いたグレイは嘆く。


「まさか、そんなことができるなんて」

『私もうかつだった』

「今……俺の身体で、ココア・シュガーユーは何をしてるか、分かるか?」

『私の意識自体も遮断されてるから微妙だが……どこかに歩いていってる気がする』

「まじか、このまま放っておくと明らかにヤバい! なんとかしなくちゃあ」


 焦る俺。と、その暗闇に、また一つ新しい影が現れた。

 これまで有りえなかったその現象に、驚いて俺たちは身構える。


「何……!?」

『誰だ! ここに入ってこれるやつなんているはずが!』


 現れたのは妙齢の女の影。そしてその禍々しい服装は、彼女がある種の存在であることを示していた。


『そう怯えなさんな。あたしはあんたと同種だよ』

「お前……悪魔か」

『ご名答。私は嫉妬の悪魔【レヴィアタン】。ココア・シュガーユーの契約悪魔だ』


 二匹目の悪魔が、そこには立っていた。




「まあいるだろうとは思ってたがよ」


 グレイは腰を据えて、レヴィアタンに向き直った。


『こっちは予想外だよ。まさか乗り移った相手が、私と同じく悪魔憑きだったなんて。悪魔さんよ、あんた名前は?』

『……サタン、だ。お前はレヴィアタンと言ったが』

『言葉のままだよ。レヴィアタン。序列三位、嫉妬の悪魔。私の名前だ』

「それで? レヴィアタン、お前は俺たちに何の用なんだよ」


 俺はかねてからの疑問を口に出す。


『おや? 案外落ち着いてるのね。自分の身体が乗っ取られて、状況的にはほぼ「詰み」だってのに』

「現状はな……だが、お前が俺たちの前に姿を現した理由はなんだよ。明らかにおかしいだろ」


 俺の疑問はそれだった。もう俺が自分の身体を奪還する方法はない。しかし悪魔が姿を見せたと言うなら話は別だ。


「俺たちとお前が、今こうして話していること、シュガーユーは知ってるのか?」

『知らないはずさ。いつもは乗り移った相手の意識は掻き消えて、ココアの意識しか存在しない。夢遊病みたいなもんさ。しかし、あんたらは……同じ悪魔モンだから耐性でもあったのかね』

「……なら、なおさら何故俺たちに会った? お前一体何がしたい?」


 レヴィアタンはしばしの間黙っていたが、すぐに正面から俺のほうを向く。

 そして、深々と頭を下げた。


『こんなとき、こんな状況下で……あんたらみたいな、ココアに対抗できる悪魔憑きに出会えたのはとんでもないツキよ。悪魔が言うなんてバカげてるけど、まさに天の思し召しだとしか思えない』

『きゅ、急に何言ってんだコイツ』

「お、俺にだって分かんねえよ」


 困惑する俺たちに、奴は声を発する。


『頼みがあるの』

「な……なんだよ」

『彼女を……ココア・シュガーユーを、救ってほしい』

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