夜明けと突き当り

 もう太陽がその姿を見せ、夜明けからも十数分が経ったころ。

 まだ俺は彼女に必死に食らいついていたが、既にひどく消耗していた。

 無理もない。―――俺は既に二回、街の住民に襲われていた。


 彼らは手持ちの包丁やらで切り付けてくることもあれば、男は拳で殴ってくるし、ある女は魔法で俺を撃ってきた。

 しかし反撃することは許されなかった……その紫に光る左目を見れば、操られていることは明白だったからだ。


「そろそろ体力も限界だな……」

『あまり無茶するなよ? グレイ。さっき殴られたダメージは残ってんだろ』


 サタンに返事を返す暇もなく、ちょうど小路地に入った俺の後ろに、でかい棍棒を振りかぶった影が姿を現す。

 前方に宙返りをしてなんとかその一撃は避けたが、その大男の「せいっ!」という声と共に放たれた棍棒の二振り目は俺の身体すれすれをかすった。


『おいおい死ぬなよ!? お前が死んだら私はどうすんだよ!』

「そこまでの無茶は、する気はないんだけどね……!」


 俺は大男の足を引っ掛けたまま、思い切り体重を移動する。ぐらりと彼の身体が揺れて、そのまますっころんだ。がつんと地面に倒れ込んだまま起き上がらない彼に、巻き込んだことを申し訳なく思いながらも、ぜえぜえと息をつきながら路地の奥に向かう。

 路地の奥に走っている彼女の姿が見え、俺は息も絶え絶えでそれを追った。


『なあ、気付いてるかグレイ』

「なんだよ……」

『あの娘、お前があれだけ手間取っているわりには、距離が離れすぎないと思わないか?』

「それは……確かにそうかもしれない」


 俺は何度も足止めを食らった。もちろんココアに追いつけはしていないが、それでも見失わない程度の距離は取れているのは、確かに変かもしれない。


『しかもあいつ、本気でお前から逃げようと思えば、その辺の奴らを操って、完全にお前を倒せばいい話だ』

「確かにそうだ。つまり……何が言いたい?」

『奴が一度に操れる人数は一人。そして、その間あの小娘は身動きが取れない。そうなんじゃないか?』


 俺は遠く見える彼女の背を睨む。確かに理屈は通りそうだった。


「それなら……」


 俺はまたもや横から襲ってきた市民の一撃を避ける。

 そして道の奥の少女を見ると、確かに彼女の姿は見えなくなっていた。


 (他の人間は無視して本体を叩いてやる)


 俺はそう考えると、追ってくる人間に向き直らず、突然少女の方向に駆けだした。

 その瞬間、後ろの市民が驚いたように息をついたかと思えば、がさりと前方で音がして、植え込みの陰からココアが狼狽したようすで立ち上がる。

 これなら追いつけそうだ!

 そのまま俺は立ち上がったココアにタックルをする。


「くらええ!」

「ぐはっ……!」


 ゴロゴロと俺たちは転げて、狭い路地裏に転がり込む。

 立ち上がってみると、その狭い小道は、かつてココア・シュガーユーが貴族たちに絡まれているのを助けた、まさにその場所だった。

 俺はココアの姿を探す。彼女は壁際で頭を打ったようで、頭をかかえて呻いていた。


「おい、ココア・シュガーユー」


 俺は懐から小刀を取り出すと、彼女の首筋に突き付ける。

 軽い呼吸音と共に、彼女はその身体を起こした。


「……追ってこないでって言ったでしょ」

「そういうわけにもいかない。アーネット様を操っていたのはお前だな」


 その言葉に、彼女はゆっくりと頷いた。


「誰かの命令か?」

「言えないけれど、それもある」

「それも?」

「……恨めしいんだよ、すべて」


 俯いて彼女は話し出す。

 紫の髪にその両目は隠れていて、その真意は読み取れない。


「貴族だってだけでちやほやされるあの娘も……平穏な生活を享受する民どもも……!」

「何だよ、そんなことで!」


 逆恨みのようなその動機に、はらわたが煮えくり返りそうになる。

 しかし、それは彼女の逆鱗にふれてしまったようだった。


「そんなこと……!? 君みたいに恵まれた人間には分からない!」


 彼女がすっとこちらに目を向ける。俺はその、紫色に爛々と煌めく左目を直視してしまった。


『まずい……!? 視るな、グレイ!』


 サタンの声も間に合わず、ココアがの名を叫んだ。


「『!』その身体も私のものだ!」


 途端、意識が何かに浸食される感覚を受けた。

 身体の制御がままならなくなるのを感じる。すぐに、「アールグレイ」の意識は消失した。

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