真犯人

 ジリリリリというベルの音で目が覚める。

 ゆっくりと体を起こすと、窓の外は既に真っ暗だった。

 なぜこんな深夜に目が覚めたのか、と考えているとすぐに今日の昼のことを思い出す。


「そうだ、アーネット様を操る魔術を使ってる奴を見つけるんだ」


 俺は手早く着替えながらサタンに話かける。


「おい、いるか? 起きろ、おい」

『起きろって……別に私は寝過ごしてるわけじゃない』


 不満げな声と共に、悪魔が目を覚ました。


「女子寮への侵入経路を考えてたんだけど、踊り場の階段から飛び込もうと思う」


 カーテンを薄く開き、窓から向こう側の女子寮を睨む。その四階の階段部分に、伝って入れそうな窓があった。

 夏場だからだろうか。換気のためかその三階の窓は開かれている。幸い俺の部屋は男子寮の四階、最上階だ。窓から屋上に出て、そこを伝ってあそこから侵入する。


『しかしまあ、立派な校則違反だろ?』

「そこはまあ悪いけど、もしヤバいことになったら時を戻すことにする」

『おいおい、しっかり悪用してんなあ』

「こればっかりは勘弁して貰うよ」


 俺は軽口を叩きながら、窓から外に身体を出し、よっと勢いをつけて屋上に登る。

 今日は星がよく見える日だった。しかしそんな夜空に現を抜かしている暇はない。


「女子寮はあっち側だな」


 俺は手早く屋上を駆け抜ける。

 まっすぐ女子寮の屋上までよじのぼると、そこから体を乗り出した。

 こっそりと窓から中を覗くと、光はなく、また警備員の姿もない。

 運が悪ければ鉢合わせる可能性まで考えていたため僥倖ぎょうこうだった。


 俺は幼い頃……アーネット様に拾われる以前、パンを盗みながら生きていたころを思い出しながら、馴れた手つきで窓に飛び込む。傍から見れば完全に不審者だろう。

 建物の中に入ると、そのまま周りを見渡す。もちろん女子寮には初めて入ったが、造り自体は男子寮と変わらないようだった。


「どうだ、サタン」

『いる……な。ここより下の階だ』


 サタンの魔力探知をあてにする。下の階か……ひとまず一階分は降りようと、俺は階段に忍び寄る。

 足音を立てないように一段ずつ降りて行くと、すぐに三階に辿り着いた。


『……近い。かなり近い気がする』

「本当か。部屋は分かるか?」

『右に進んでみろ』


 俺はサタンの言うまま壁に背を付けながら進んでいった。そのうちに角を曲がり、残る部屋数も少なくなっていく。


『この中だ』


 サタンの言葉に足が止まる。突き当りの部屋。サタンは敏感にそこから漏れる魔力を感じ取ったらしい。


「間違いないか?」

『ああ。すぐそこに


 俺は深呼吸をして、ドアノブに手をかけてゆっくりと捻った。がちゃりと手が止まる。当然鍵がかかっていた。

 俺は腰から針金を取り出すと、それを鍵穴に差し込む。


『……何してんだ?』

「鍵開け」

『なんでそんなこと出来るんだよ』

「昔は食うものにも困ってたからなあ……」


 すぐに鍵穴の奥からかちりと音がする。

 と、それと同時に部屋の中で誰かが立ち上がる音が聞こえた。


「……誰かいる?」


 扉でくぐもってはいるが、女子生徒の声。……この声の主が犯人なのか。

 俺はドアノブをひねると扉を一気に押し開けようとする。しかし、それはすぐに向こうに押さえつけられた。


「誰! ……ここがバレたっ!? なんで!?」

「開けろ! この……!」


 すぐにどしんという音とともに扉の前に大きな机が置かれる。開けるのには一苦労だったが、力を込めて俺はなんとかそれを押し切った。


「逃げるな……!」


 部屋に飛び込むと、窓に半分体を出して逃げようとしていた、一人の女子生徒が目に入った。


『……悪魔がいる』


 サタンが呟く。


『間違いない。こいつの中にも悪魔がいる』


 その言葉に反応せず、俺はその紫の髪の少女を正面から睨んでいた。

 見覚えのあるその顔から、扉越しではなくなったためはっきりと聞き覚えのある声がする。


「……アールグレイ君」

「そういう君は……ココア・シュガーユー」


 月夜の中。窓枠に乗り出して紫の髪をなびかせるその少女は、俺がいつか入学試験で会ったあの少女の姿だった。

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