犬っころみたい

 俺はサタンと、アーネット様から感じた魔力を追ってみていた。

 サタンの指示の通りに校舎を出て、そのまま外庭を突っ切る。


『こっちか……? いや、違うな』

「なあ、その魔力ってどんな感じなんだ?」

『そうだな、強いて言うならくさい』

「匂いなのかよ」


 それじゃまるで、犬にハンカチの匂いを覚えさせて犯人を追わせる探偵モノみたいだな。


『なんつーかな……魔力ってのは天然モノなんだよ、本来。だが、この魔力はちょっと違う』

「臭いのか」

いんだよ。天然モノじゃないってことだ。私達みたいに、何かしらの魔力変換でもしてるんじゃないか』


 魔力変換。俺のように、故意的に魔力を生成できる奴の話なんて聞いたことがない。


「となるといよいよ、俺たちみたく悪魔と契約した奴ってことか」

『まあ固有魔法といい、その線が強いだろうな。心していけよ』


 と、そのときにサタンが不自然に言葉を止めた。不審に思って俺は尋ねる。


「どうした? 急に黙って」

『……私たちはひとまず、帝都市街に出て、似た魔力を探してみようと校門に向かってたはずだが』

「ああ。このまま学校を出るぞ」

『いや、違う。その方向じゃあない』

「? 学校の敷地を抜けるなら、こっちで合ってるはずだ」

『そうだ。だから、その方向じゃあない。私が例の魔力を感じる方向はそっちじゃない』

「……どういうことだよ」


 サタンは驚きを隠し切れない声色で続ける。


『例の魔力をあっちから感じる。……学園寮の方向だ』

「学園寮!? 立ち入れるのは生徒だけのはずだ」

『しかし、そうなんだ。あの建物から魔力を感じる!』


 俺も慌てて、自分の家でもある学園寮に身体を向ける。四階建ての集合住宅のようなコの字型の建物。それがこの学園の生徒寮だ。建物は中央で男子寮と女子寮に区分されていて、お互いに許可がなければ入ることはできない。


「ってことは……術者は、学校の生徒か!」

『可能性はある! もっと近づいてくれ』


 サタンの言うように、俺は自分の寮に近付いた。


『北側の男子寮……じゃない。まあグレイの部屋から近ければ違和感に気付いてたはずだ。意識しなければ辿れない程だが、確かにあっち側の寮から気配を感じる』

「南棟。あっちは、女子寮側か」


 建物の下から上を望む。四階建ての寮舍が、行く手を阻む高い壁に思えた。

 

「この学園の女生徒が術者か……!?」


 実際、あるとしたら生徒のうちの誰かが仕組んだことだとは思っていた。少なくとも貴族の多いこの学園で、アーネット様と政治的にも敵対している人間は少なくない。

 だが、生徒本人が術者だとは……。外部の魔術師に依頼していると俺は思い込んでいた。

 しかし、よく考えるとありえない話でもない。魔術の才能が重要とされるこの学園において、魔力を増幅させた人間が潜んでいる可能性は高かった。


『どうするんだ、グレイ』

「出来る限りはやく確かめたい。詳しい位置は辿れそう?」

『部屋の前まで行って一つ一つ調べられればなんとかか……まあ善処はする。でも女子寮だぞ?』

「覚悟の上だよ。感づかれないうちに、敵の正体を知っておかなきゃ」


 俺は女子寮の入り口に戻る。課業が終わった後であり、寮に戻ってくる生徒の数は少なくはなかった。

 この数の衆目の中で、人目を縫って侵入するのは不可能か。

 となれば……

 

『深夜か』

「そうだな。全員が寝静まった頃に行動を起こしたい」


 この学園寮に住んでいる者は、外泊許可を取らない限り寝泊りは寮舍で行わなくてはならない。そのため夜になっても術者はここに残っているはずだ。

 もし夜になって反応が消えていれば、今度は外泊許可を取った者を調べる。それで術者は割り出せるはずだ。そう決めた俺は、夜に備えて今から寝ておくため、男子寮に戻って少し仮眠を取ることにした。


 入学からしばらく経って、だいぶ慣れてきた自室の扉を開いて、ベッドに横になる。

 しかし、冴えた目ではなかなか寝付きも悪かった。


「……なあ」

『なんだ?』

「お前らがどういう存在なのかはわかったよ。人々の怒りが魔力を伴って形になったものだってのも分かった。でも、それじゃあお前の目的はなんなんだ?」

『目的?』

「何の理由があって俺に協力してる?」

『それは最初に言ったろ』


 サタンは懐かしむような声色で懐かしいセリフを言う。


『お前の怒りが気に入ったんだ。あとはそうだな、個人的な理由もある』

「個人的な理由?」

『――――世界が見てみたかったんだ。私はずっと暗闇の中で、誰かの憤激を感じ続けるだけだったから。こんなにも強い感情を持つ理不尽な世界が、どこまで広がっているのか見てみたい』

「世界か。そんないいもんじゃなかっただろ」

『いや? なかなか悪くない。お前だって最近は楽しそうじゃねえか』

「俺が……? そうかもしれない」


 俺は手を宙に上げてぼんやりと眺める。


「……俺の平穏のためには、アーネット様の無事が必要不可欠だ。だから俺は、全ての問題を解決してあの人に幸福に生きてもらう」

『ほんとお前、あの小娘のことになると忠犬だな』


 会話を続けていると瞼が落ちてくる。俺は夜に起きられるように時計を設定してから眠りに落ちた。

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