事件の真相
一階分の階段を降りて、まっすぐ歩く。アーネット様の講義室はそこだった。
思えば、最近アーネット様に会う機会は減っていた。その間に何があったのか、まず俺は知らなければならない。
俺は講義室の扉をがららと開けた。
そしてすぐに衝撃的な光景を目にすることになる。
「――――あなたのような下民がこのファーラウェイに触れるなど。恥を知りなさい」
目に飛び込んできたのは、床に倒れ伏す平民の少女と……それを見下す
何が起こっているのか理解できず、立ち尽くす俺をよそに、彼女たちの周りはざわついていた。
仁王立ちするアーネット様の横から、アーネット様の取り巻きをしていた、見覚えのある貴族の子女が何人か歩み出てきて口々に言う。
「そうよ! あんたみたいなのがアーネット様をお汚しするなんて」
「平民風情が生意気なのよ!」
倒れ伏していた平民の少女は、今にも泣きだしそうな目をしていたが、扉が開いたのを見るやいなや、俺の横を走って逃げていった。
静まり返った講義室の中で、アーネット様がその様子をその碧色の目で追う。そしてすぐに興味を失くしたかのように、自分の席に座った。
俺はなんとか言葉を絞り出す。
「……アーネット様」
彼女はこちらを向いて、かすかに笑みを浮かべて答える。
「どうしましたか?」
「色々と……お聞きしたいことが」
「構いませんわよ」
不気味に話し続ける彼女に、俺はこのままここで話を続けるとまずい、と直感的に感じる。
「外で話しましょう」と言うと、彼女はしばらく目を閉じて考えていたが、少しすると席から立ち上がった。
俺は廊下を歩く。普段は使われることがない最上階に入ると、人もまばらになってきた。
その中で、俺は人がいないであろう特殊教室の準備室の前で足を止める。
「ここなら人はまず来ません」
そう言って扉を開けると、彼女は黙って部屋の中に入る。
俺はそれに続いて部屋に入ると、後ろ手で扉の鍵を閉めた。
その様子を見て、アーネット様は困ったように微笑を浮かべる。
「何をしているんですの?」
「…………」
「何故、鍵を閉めたんですの? アル」
「……アーネット様。昨日の夜、俺と会いましたよね、教員室で」
彼女は動揺もせずに言い放つ。
「会いましたね」
「カンニング犯はアーネット様なんですか」
「そうですよ」
「なぜ、そんなことを」
「それを、どうしてこの私が従者風情に答えなければならないんですの?」
その傲慢な言葉は、確かに間違ってはいない。
彼女は最有力な貴族の娘で、大抵のことを揉み消すことが出来る。今回の事件だってそうだ。
ただ――二度もの人生を、彼女のために生きて来た俺には確信があった。
彼女はそんなことをする人ではない。
俺は押し黙ったまま、壁にいる彼女に近付くと、その両肩を手で掴んだ。
こんな場面を他人に見られたら、俺は解雇じゃ済まないだろう。人目の多い講義室から移動したのはこのためだった。
彼女はその手に目をやると、冷徹な口調で言う。
「アル。これはなんですか? 一体何様のつもりなんです?」
「……それだ」
俺は決定的な違和感を言葉にした。
「彼女は俺を、まだアルとは呼ばない。そう呼ぶのは、ずっと後のことなんだ」
額に汗が流れるのを感じる。俺は彼女に―――いや、すぐ目の前にいる誰かに問うた。
「お前、アーネット様じゃないな。――――誰だ」
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