同族嫌悪
「誰かと問われましても……わたくしはアーネット・サン・ファーラウェイ。内務卿ファーラウェイ候の娘ですわ」
俺の質問に、彼女は当然のように答えを返す。
「それなら聞く。アーネット様が俺と初めて出会ったのはファーラウェイ領西端のことだった」
「あなた、敬語を使いなさい。無礼ですよ」
「……俺と同僚のメイドだった、緑の髪の女の名前を言ってみて下さい」
そこまで言うと、彼女は俺をその碧色の目で睨む。やっと本性を出してくれるようだ。
「いちいちメイドの名前など覚えておりませんわ」
「フレンです。あなたにお付きのメイドでした。忘れるわけがない」
確信を持つ。こいつはアーネット様じゃない。
「……そろそろ授業が始まります。戻らせて頂きますよ」
彼女は少し焦ったように、俺の腕を乱暴に払う。
そしてそのまま横を通り抜けて、部屋の鍵を開けて出て行った。
俺はふうと息をつく。そして押さえていた汗がどっと噴き出るのを感じた。
たとえ本人ではないと思ってはいても、主君にこんなとんでもないことをしたのは初めてだ。
そして俺は、彼女の肩に触れさせていた手を
そこにあったのは、以前の授業で使った「試魔石」。魔術が使われたとき、その魔力に応じて発色するという魔力純度の高い宝石。
俺はこれを彼女に触れさせるためだけに、こんな場所に彼女を連れ込んだのだ。
そして結果。
元は透明だった石は、蒼に赤が混じったような、どす黒い紫色に濁っていた。
――――確信する。彼女は、何らかの
俺が行動に出た理由がこれだった。魔法は、土を抉るほどの威力があったり、姿を消したりすることもできる。それなら、他人の行動を左右するほどの魔術があってもおかしくないと俺は考えたのだ。
もちろんそんな魔術は存在しないと言われている。そんな最上級魔法を超えるような、とんでもない魔法があれば、もっと危険視されているはずだからだ。普通ならこんなことをしようとは思わないだろう。……だが俺は既にひとつ、誰にも知られていない「規格外」な魔術を知っていた。
そう、俺の
『おい、グレイ』
「……どうだった、サタン」
手短に答える。俺は事前に、歩きながらサタンにひとつ頼みごとをしていた。
『お前の言う通り、あの夜感じた何かの気配……あの小娘からまだ感じた』
「やっぱりそうか。それで、どうだった」
『ああ。今度は確信がある。私と同種……やけに濁った魔力だ。あれは』
「サタンと同種、か」
俺はいい機会だと尋ねる。
「サタン、お前は一体何者なんだ?」
『……悪魔だと言ってももう納得しねえだろうな』
「ああ。答えてくれ」
彼女はしばらく迷ったようだったが、どうやら決断してくれたようで話し出す。
『実のところ私に古い記憶はない。気付いたときには暗闇から、ぼんやりと世界を観測するだけの日々だった』
「世界を観測する?」
『正しくは、世界中の「怒り」をただ感じ続けるだけの日々、だ。私はある時が来るまでずっと暗闇の中だった』
「ある時ってのは……」
サタンの声色が少し柔らかくなった気がした。気のせいかもしれない。
『……一人のガキが、途方もない怒りをぶっ飛ばしてきたときだ』
「俺のことか」
『そうだ。これは推測に過ぎないが、私は「魔力の結晶」のようなものだ。人々の「怒り」という感情が、その虚像を結んだものに過ぎない』
「人の感情が、像を結んだもの……」
『……大体何を考えているかは分かるぜ』
「可能性はあるよな」
『私だって、それを考えなかったわけじゃないからな』
「ああ。感情は、「怒り」だけじゃない。悪魔もお前だけとは限らない――――」
俺はサタンに答えながら準備室から出る。と同時に授業のチャイムが鳴った。
『あ、お前遅刻なんじゃないのか』
「悪いけど、授業に出てる暇はなさそうだ」
『まあそうだな――――』
俺は核心に踏み込む。
「俺みたいに固有魔法を使えるやつが、他にもいるかもしれない」
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