壁に耳あり障子に目あり

 全ての授業が終わった放課後。

 一人残った俺は、講義室の机に肘をついて、課題のレポートに悩まされていた。


「魔法には初級、中級、上級とおおよその区分がある。一部、超級に区分される魔術も存在するが、大抵の魔法が初級か中級に分類される。そのうちの一つについて詳しく分析してまとめろ……か」


 俺は教本の魔術一覧にまた目を通してみる。馴染みのあるファイアーやサンダーなどから、その応用まで、魔術の種類はかなりの数存在する。

 もちろん、時間を巻き戻す魔法なんて書かれていないが。


「まあ適当に……ファイアダガーとかでいいか」


 俺はそう決めると、その炎属性の中級魔法について適当に文献などを借りようと図書館に向かった。


 この学校の図書館は本校舎から少し離れた別棟としてある。なかなか広大な館内に所せましと本棚が詰め込まれていた。

 ここには魔術師なども文献を読みにくるほど貴重な本も置かれているらしい。しかしそこまで本に興味のない俺は、目当ての魔術に関する本だけを探して本棚の中をうろついた。


 思ったよりも本の数が多く、俺はかなり奥まで迷い込んでしまう。一旦引き返して誰かに助けでも借りるか……と思った所で、本棚の裏でこそこそと会話する二人の女生徒の話がたまたま聞こえた。


「――――ネット様、一体どうされたのかしら」

「本当にね。最近様子が――――」


 聞き耳を立てたわけではなかったが、知っている人の名前が出たような気がして、俺は耳をすませてしまう。


「――――あのような物言いをされる方ではなかったのだけれど」

「心境の変化でしょうか――――?」


 話が掴めない俺は、本棚ににじりよったせいでがたん、と物音を立ててしまう。

 その二人は驚いたように周りを見渡した後、すぐにその場を離れてしまった。


 ……アーネット様、と言ったよな、多分。

 本棚に背をついて、会話の内容を思い出すが、少ししか聞き取れなかったため、どんな話だったのかは分からない。彼女に、何かあったのだろうか。

最近あまり顔を合わせていない主君に思いを馳せている、と。


ふと本棚の中に探していた「現代魔術大全」の背表紙を見つけた。目的を果たした俺は、どこかにしこりを残しながらもそれを持って図書館を出る。

 寮の自室に戻って、思ったよりも文字数の多かったレポートを仕上げる作業に入った俺にはもう、そのことは意識から薄れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る