決闘スタンバイ!

 俺が魔術学校に入学してから三か月が経った。

 季節も一つ過ぎ、蒸し暑くなってくる。じめじめとした空気に、だらけている生徒も増えてきた。

 もう慣れてきた廊下を歩いて、俺は教室に向かう。


「あ、グレイくん。おはよう」

「ああ、おはよう」


 すれ違った男子生徒と挨拶をする。だんだんと顔見知りも増えてきた。まともすぎる学校生活に、自分をただの一生徒だと錯覚しそうになる。

 講義室の前に近付くと、中から聞き覚えのある声が二つ響いてくる。またか……と思いながら、扉をがらがらと開いた。


「―――だから、ハイレンくんには五大貴族としての気品が足りないのだよ、気品」

「スウィッツ……今日こそは、言ってはならない線を超えたな」


 ひなだん状になっている講義室の、後ろの席あたりでにらみ合う二人。


「そこまで言うなら「決闘」だ! ケリを付けようじゃあないか!」

「望むところだ!」


 暑さにどんよりとした講義室全体だったが、その言葉を聞くと、全員がお? という顔で彼らの方を見る。

 二人は俺に気付くと、お互い目を逸らさないまま俺に声をかけた。


「おお、アールグレイくん。丁度いいタイミングで来たね。これからこの男を軽くひねってやるところだ」

「ああん? それは俺の台詞だぜ。いい所に来たな、お前も目に焼き付けておけ」

「……俺としては、最悪のタイミングで来てしまったと思っているわけだが」


 二人はそのままの姿勢で校庭に移動する。器用だな。




「また君たちですか……」

「ああ。「決闘」を受理してくれ」


 終始眠そうな男教員を捕まえて、ハイレンが決闘の立ち合いを求める。


「別に構いませんが……ちなみに、今回の理由は?」

「見解の相違だ」

「また下らないことで……分かりました。いいでしょう、決闘を受理します」


 校庭の中央あたりに移動する二人。付いてきた野次馬たちは向かい合う二人を見て声援を飛ばす。


「頑張れよロスタール!」

「レスト様ー! やっちゃってくださいー!」

「ロスタール! お前に今月分の生活費こづかい賭けたからな! 勝てよ!?」


 最後不純物が混ざっていた気がするが。

 対立する彼らは最後の会話を交わす。


珈琲コーヒーの渋みが分からないとは、まだまだお子様ですねえ」

「食後は紅茶アッサムだ。紳士たるものそう育てられた」


 にやにやするスウィッツと、それを睨むハイレン。……好きな飲み物で喧嘩してたの? ほんとに下らない話だった。というかお茶はアールグレイ一択だろ。


「では、始め」


 その言葉を皮切りに、二人が魔力を爆発させる。


「『サンドストーム』!」

「『クロスサンダー』!」


 片やハイレンの周りを渦巻く砂の嵐。片やスウィッツが描き出す交差する雷。それらが二人の中央でせめぎ合う。


「今日も調子いいじゃないか、ハイレン!」

「お前こそ、スウィッツ……! しかし! 今日の俺はこれまでの俺ではない!」


 ハイレンは、砂嵐を吹き荒らすまま、再び魔力を集中させる。


「『アース・エッジ』」


 地面が軽く揺れたかと思うと、すぐにそれは大きくなり俺たちの体を揺らす。

 見物人たちの悲鳴とともに、スウィッツは驚いて少し体勢を崩した。


「今だ! 『サンドショット』!」


 ハイレンが砂嵐を解除して、指先に砂を束ねる。それが真っすぐスウィッツに向かって放たれた。

 しかし彼女は動かず、その場で不敵に笑う。


「『サンダープリズン』」


 しゃがんだ彼女の周囲を雷の檻が囲み、飛んできた砂弾を叩き落した。


「な……!?」


 驚いて集中を切らすハイレンに、スウィッツは指先を向けて軽く魔力を撃ち出す。

 ハイレンが一瞬体をよじらせる。彼に電気の玉が命中したのは明白だった。


「―――あ、そこまで! 勝者はスウィッツ・レスト」


 それだけを言い切ると、教員は眠そうにあくびをしながら校舎に戻っていった。

 軽く起こった拍手の中、スウィッツが膝をついたハイレンに近寄って手を差し出す。

 彼はわりと素直にその手をとって立ち上がった。


「これで8勝目だな、ハイレン」

「正しくは8勝5敗だろう。敗けもカウントしろ」

「しかし驚いたよ。魔法の同時詠唱」

「……ああ、ちょうどコツを掴んだからな。それよりお前のあれはなんだよ」

「あれ、とはサンダープリズンのことかな」

「そうだよ。あれは本来敵を封じ込める魔術だろ」

「何、応用の仕方というやつさ。何事も柔軟にとらえなければね」


 軽口を叩きあう彼らに俺は近づく。


「おつかれ、二人とも。毎回よく飽きないね」

「……グレイ。 ふがいない所を見られたな」

「そう謙遜けんそんするものでもないさ。私と渡り合える者もそういないよ」


 そういえばその話なら、とスウィッツは俺の方ににじり寄る。


「アールグレイ君とも一戦交えてみたいものだがね」

「……しばらくは遠慮してもいいか……」

「ふむ。君はどうも力試しという意味での決闘すら避けるねえ。強大な魔力を持つというのにもったいない」


 実際彼女の言う通りだった。

 俺は誰かと魔法を交える程度には魔術の行使に慣れつつあった。ある程度の魔力ならその場で錬成してしまえばいい。

 しかし、スウィッツのような、戦闘に美学を持っている相手と、俺が戦っていいのかというためらいがまだ残っていた。


 俺の力は俺自身の力ではない。後から貰ったものに過ぎないのだ。それを勘違いして、自分に力があると思い込めば――どんな結果になるのかは身に染みて知っていた。


「まあ……いつかな。いつかお相手させてもらうよ」

「ふむ。楽しみにしておくか」


 笑みを浮かべるスウィッツと、しぶしぶ立ち上がるハイレン。

 ぎらぎらと光る太陽の下、二人と談笑しながら講義室に戻る。

 最後に残ったのは生活費を全額ロスタールに賭けて破産し、地に突っ伏して滂沱する男だった。可哀想だが勝手に賭けて勝手に敗けたのだ、自己責任だろう。


 そんな、なんだかんだ充実している(かもしれない)日々を送っていた俺は、すぐに思い出すことになる。

 俺がここに入学したを。

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