魔法の授業2

 とうとう魔術の実践訓練が始まり、一人一人が前に出て魔術を行使することになった。

 幾人かの生徒が得意な魔法を披露していく中、しばらくすると見知った名前が呼ばれる。


「では、ハイレン・ロスタール。任意の魔法を行使してください」

「はい」


 ハイレンがその名を呼ばれ、前に進み出る。


「頑張ってー、ハイレンくーん!」


 奴とペアを組んだ女生徒が声援を送り、あいつはにっと白い歯を見せて親指を上げる。何をしてるんだ。


「『サンドショット』」


 ハイレンがそう言うと、土嚢から飛び出した砂塵さじんが、真っすぐに的の真ん中を射抜く。わっと歓声があがり、奴は指先の砂をふっと吹き飛ばして不敵に笑った。なんだこれ。


「ふむ……精度も安定感も抜群だな。流石、土属性の秀才と呼ばれるだけはある」

「そうなのか? スウィッツ」


 先ほどからスウィッツはずっと他の生徒の講評をしていた。あの生徒は雷属性だとか、あちらの生徒は中級魔法を最近習得したとか、そんなうんちくを延々と語る彼女だったが、それらの情報は色々と知っておきたい俺にはありがたい。


「ああ。土魔法は魔力がそう必要ない代わりに技術が求められるのだよ。炎魔法などは魔力量さいのうが物を言うが、土属性は大地から力を借りる魔術だからな」


 土属性ならそこまでの魔力は必要ないのか。逆に俺の属性でもある炎属性では、魔力量が絶対だという話を聞き俺はげんなりとする。


「……炎魔法は他の魔法よりも魔力が必要なのか?」

「ん? そうだね。結論燃やすだけの炎は、技術よりも火力の強さが重要だ。つまり魔力を込めれば込める程威力は上がる」


 やっぱり魔力の低い俺ではなあ、と考えながら解説を聞いていると、ハイレンが両手を広げてやってきた。


「見てたか? グレイ。この俺が皆から尊敬される姿を!」

「まあ見てたけど」

「は! 俺も捨てたもんじゃないだろ? そしてこの試魔石を見ろ、見事な茶色に染まっているだろう? これが土属性の魔力を行使した証だ」


 ものすごいドヤ顔をするハイレンにちょっとイラっときた。と、そこでたまたまあることを思いつく。しかしそのことについて深く考える前にスウィッツの声に遮られた。


「全く。ロスタール、君は才能はあるんだからその不遜な態度をやめてみてはどうかな?」

「……聞き捨てならないな、レスト。俺がどうしたって?」


 スウィッツの皮肉にハイレンは強く反応する。

 この二人が顔を合わせればすぐに言い合いするのは、この学級ではおなじみの光景だった。

 周囲の生徒も、またあの二人が喧嘩してる、程度の認識でほとんど気にしていない。


「そのおごった態度をやめるべきなんじゃないかって話さ! 自分の能力をひけらかすような歳でもあるまい」

「はん、そういうお前はどうなんだ? 強そうな相手がいればすぐに戦えと突っかかる。俺とそう変わりないんじゃあねえか?」


 ばちばちと目線を交わす二人をいつも通りなだめようとするが、ちょうどその時に俺の名前が呼ばれた。


「では次、アールグレイ! 魔術を行使してください」


 俺は二人に行ってくる、と言うと前に出る。

 教官は出てきた俺を見ると、メガネを拭きながら言った。


「君は入学試験で上級魔法を使ったらしいね。悪いが、ここでそんなことをされては設備が全て吹っ飛ぶ。中級魔法で勘弁してくれよ」

「ええ、それはもう……」

「では、どうぞ」


 指示された場所から、10メートルほど先にある人形を真っすぐ見る。

 試しに、試魔石を握りこんだ手元でこっそりと魔力を集中させてみたが、出てきたのはろうそくの火のような微かな炎だけで、試魔石もうっすらと赤みがかっただけだった。

 やっぱり自前の魔力だけでは限界があるか……。

 俺はさっき思いついたことを実行に移してみることにした。


 ちらりとハイレンの顔を見る。あいつは「何? 俺?」みたいなきょとんとした顔で見返してきた。さっきのドヤ顔を思い出すとまたイラっとくる。と、それと同時に試魔石の赤みが少し増した。どうやらいけそうだ。

 俺は目の前の木人形をまっすぐ見て……それをハイレンの顔だと思いながら魔術を使ってみた。


「くたばれ! 『ファイアー』!」


 俺の腕から放たれた炎が、ハイレンの顔を吹っ飛ばす。がらがらと倒れる音と共に、木人形はすっかり燃え尽きていた。すっきりした俺は、イラっときていた気分もすっかりなくなっていることに気付く。

 どうやら俺は、日常のちょっとした鬱憤もその場で魔力に変換できるようだった。


「ふむ、充分だね。少々コントロールが雑だけど、まあ悪くなかったんじゃないかな? 試魔石も見せてもらっても構わないかい?」


 戻るとスウィッツからの評価をもらう。濁りながらだが、赤褐色に染まった試魔石を見た彼女はおおと声をあげた。


「これは珍しい色をしているね」

「そうなのか?」

「純粋に炎属性の魔術を使えば、紅色に染まるんだ。黒の混じったこの色はなかなか珍しい魔力だね」


 それはやはり、俺の魔力が純正ではないからなのだろうか?


「まあとはいえ、魔術自体はしっかり行使できている。威力も申し分ない、実に素晴らしい魔力だ」


 スウィッツにはありがとう、と答えを返した。


「なんか途中で俺の方見た? え、何? なんか理不尽な扱いされた気がするんだけど」


 ハイレンは無視した。


 しかし、何はともあれ魔法を使う授業もなんとか乗り切れそうな俺は、とりあえずこれで当面の問題は解決されたな……と胸を撫でおろした。

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