初回授業と食堂の恋慕

 初めての授業は、思っていたよりも普通だった。


「……では、この国の歴史について振り返る所から始めてみましょう」


 教壇きょうだんに立つ、髭を生やした老年の男は、黒板にチョークで字を書いていく。


「450年前、帝国はここに以前存在した諸侯連盟を基盤にしてアルファギア王家が統治を始めました。国教でもあるマキナ教団を抱えたこの国は、神聖アルファギア帝国としてアルファギア王家を戴く――――」


 一度はこの国に生きた俺には、大抵が知っている知識だった。この分ならそこまで勉強も必要ないかもしれない。

 そうこうしているうちに、休憩時間になった。

 ざわざわと言葉が飛び交う教室。


 俺は完全に浮いていた。

 当然だ、初日からあんな立ち回りをすることになったのだから。

 決して嫌われているわけじゃないと信じたいが、俺を見てひそひそと話す生徒たちを見るとげんなりともする。


 そういえば、紫の髪の……名前は確か、ココア・シュガーユーだったか。

 彼女も合格していたはずだよな、と俺は周りをみわたしたが、どうも違うクラスになったらしい。

 アーネット様の様子でも見に行くか、と席を立ちかけた俺に、気まずそうに話しかけてくる男があった。


「……やあ、アールグレイ。朝は冷静さを失って悪かった」

「君は……えっと?」

「ハイレンだ! 忘れるな!」


 火に油を注ぎかけたが、彼ははああと大きく息をつくと、落ち着いた様子で俺に再度話しかけた。


「さっきは悪かった。……許してくれ」


 貴族にしては真っ当な彼の態度を意外に思う。こうも素直に謝れるような人間は珍しい。


「気にしていませんよ。俺も失礼な態度、すみませんでした」


 俺が最上級魔法を使ったという話にビビったのもあるだろうが、話し相手のいない俺にはちょうどいい相手だった。


「敬語を使う必要はない。確かに俺は貴族だが、ここでは一応同級だろ」

「ええと……」

「遠慮するな。この学園内では上下関係はなし、というのは慣例かんれいだからな」

「じゃあ、お言葉に甘えるとするよ」

「ああ。他の同級生にも敬語なんか使わなくていいさ、この俺が許可してやる」


 不遜だがどこか気さくな彼と、そのまま会話を交わしているうち、いつの間にか昼時になりそのまま俺たちはぞろぞろと学食に移動する。


 広々とした空間に、ずらりと並ぶ椅子に机。この学園の食堂は高名なコックが料理長を務めていることでも有名だった。

 ハイレンは「食券を取りに向かうからお前は席を取っておいてくれ」と言い残して人ごみに突っ込んでいった。俺は初めてのここでの食事を楽しみにしながら空いている席を探していると、「グレイ!」と俺を呼ぶ声がする。


 今のところ俺をそう呼ぶのは一人だけだった。


「アーネット様。学級はどうでした?」

「ええ、皆よくしてくれましてよ。グレイの方はどうでした?」

「ああー……」


 俺はなんとなくハイレンや、戦闘狂のスウィッツを思い出す。


「まあ、なんとかやっていけそうです」


 そう返すと、彼女は「よかったわ」と胸を撫でおろす。心配されていたらしい。

 そのままアーネット様が、同級生らしき貴族の女生徒たちに引っ張られていったのと入れ違いに、ハイレンが戻ってくる。


「お前の分も注文してやったぞ感謝しろよ! って、今のは」

「ああ、ありがとう。……今のはアーネット様だけど」


 その言葉にハイレンは軽く引くほど唇を噛んで悔しがった。


「く、くそ! 俺も残ってればよかった! お前、あの人に気をかけられてるのかよ」

「ハイレン……お前なんでそんなにアーネット様に固執こしつしてるんだ」


 そう言うと、彼は耳まで真っ赤にして黙って椅子に座った。


「うるせえな……ほら、食えよ。初日のメニューは旨そうだぜ」


 俺は席につくと、そのハイレンの態度に何かを察して軽口を叩く。


「まあアーネット様は稀に見るほどお美しいからな、気持ちは分からんでもない」

「ばっ……てめえ!」


 怒るハイレンを宥めながら、こんなのも悪くないかもしれないと思った。

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